しばらく間が空きました。

メモから書きます。良かったら参考にしてください。
遺品整理のことを書いてます。

​メモ

①45ℓなどの大きなゴミ袋を大量に用意する。

結果的に、私は実家のゴミ捨てに45ℓの袋を500枚使いました。少ない方かもしれないし、もっと他にも方法があったかもしれません。単独でゴミ捨てのために実家に通いました。

使い捨ての手袋、ボロ切れも必要でした。

実家にあったものを利用しました。ボロ切れには、いらない下着や服、タオルなども活用しました。


②とりあえず故人の靴から処分する。

何から捨てたら良いのか、最初のとっかかりを決めかねました。私は個人の靴から捨てました。次に個人の下着や汚れた服、化粧品類、歯ブラシなどです。スタートさえすれば、何も考えないようにして機械的に捨てることができました。


③分類する。捨てるか保存かお尋ねか。不燃か可燃か粗大ゴミか寄付か

どうしたらよいか、わからなくて手が止まってしまうこともありました。

わからないものはわからないという表示を付けた袋や場所を作り整頓していきました。

不燃と可燃のゴミ袋は常に用意しました。手を休めないためです。

兄弟の懐かしい品や書類は本人の確認を取るまでまとめておくだけにしました。小中学の成績表や健康カード、保育園の連絡帳など。

例えばギターや座椅子テニスラケットは粗大ゴミなのでチケットを買い、手続きをして出しました。

捨てるのは惜しいけれども自分では使わないモノは寄付しました。毛皮やバッグ、未使用のお椀などがありました。


④満タンになったゴミ袋を並べられる場所を確保する。

私は実家に通って遺品整理をしゴミを捨てました。朝はどうしてもゴミ回収車のギリギリの時間になるため、常にすぐに捨てられる満タンのゴミ袋を作って用意しました。場合によっては、たくさんゴミ袋がたまり、1度に捨てられる数を超えることがあり、それを保管しておく場所が必要でした。

なので、初めにゴミの保管場所から整理をして空間を作りました。


⑤無料の法律相談は積極的に利用する。

私は遺品整理と同時に遺産分割協議書も単独で作っていました。

ご多聞にもれず、遺産となると兄弟の間で不穏な空気が立ち上がりました。私は法律には全くの素人でしたが、自分で作ると決めたので、雛形を作り専門家と相談しました。無料相談が良いと思っていましたが、なかなかはっきりとした形式を教えてもらうことは難しいようでした。それでも巷にある本やネットを調べなんとか形にしました。法律の無料相談には、行政の相談室や福利厚生なども利用しました。

なんとか法律的に有効である形に仕上げることができました。


⑥日記と書類はとりあえず捨てない。

遺品整理を進めていくうちに、母の病気の記録や介護の記録、建物に関する記録、隣家との土地や日照権に関係する話し合いの記録、銀行関係の記録、土地や財産に関する親戚とのやりとりの手紙が出てきました。これは全てタイトルを付けて保管の袋にしまいました。

母の日記が大量に出てきました。

若い頃、父と出会った頃の初々しいやりとりもありましたし、子育てに悩んだ記録もありました。生前、母は日記は全て捨てて欲しいと言ってましたが、捨ててしまえば目の前からなくなるものの2度と手に取ることはできない、この世に二つとないものとも思いました。

最初は捨てるつもりで、少し母の日記を読み返すと母の考えや思いがあり私の知らなかった母の横顔を感じることができました。私には他人の書いた小説よりも、読み応えがあり感動的でした。すぐには捨てずに保管しました。



書類は、すぐに捨てずにとりあえず保管でよかったです。











​四十九日

母の四十九日までに、お香典をリストにし失礼があってはいけないと思い住所名前を再度兄弟にも確認しました。
他にも介護リース会社と連絡し、実家現地でベッドなとの回収立ち会いました。
火災保険をはじめ手続きで返金されたお金は全て墓守の長男に振り込みました。1円たりとも不明な金額がないように、その都度LINEを利用して兄弟に知らせました。
それと同時に遺産相続分割協議書を試作し、無料の法律相談で相談しました。そしてまた様式を調べ作り直しました。
その間も週に3回、朝の8時に実家に通いゴミを捨て、その午前中は家の中を片付けました。二階建てだったので、最初に1階の部屋を片付け、満タンのゴミ袋を置く場所を作りました。次のゴミ捨ての日にさっと捨てられるためです。
本は痛んでいたので業者に持っていくよりも捨てました。紙類はほとんど捨てましたが透析の記録や薬の記録、介護保険の利用の記録などは残しました。記録は数年は捨てない方が良いかもしれないと思ったからです。

四十九日はぼんやりと進み、その後、長男の嫁に財産のことや今後のことを兄弟で話し合わなくちゃねと食事の座席を近づけろと声をかけられたのは嫌だなと思いました。嫁は、自分は一切口を出さないから何もわからないからと宣言していましたので、正体が見え隠れしてうんざりしました。