ひとこと
前回、前々回の記事に、大変多くの方に立ち寄っていただきありがとうございました。恐縮しております。
今回もメモから先に書きます、少しでもお役に立てると幸いです。
メモ
11) 生前に承諾を得て現金を引き出すこと。
母は最後の乳がん摘出の手術をする時に、もしかして生還できないかもしれないと考えました。
相談した結果、銀行のカードを私に渡し、引き出すようにと言いました。いくら出すのかと尋ねると、その後に何かあった時のことを考えてできるだけ多額を出すように言われました。
手術からは生還しましたが、その後はあっという間に亡くなりました。その時に現金を引き出しておいてほんとうによかったです。
家族とはいえ他人のカードなので気持ち悪かったですが、カードの引き出しの最大までを数回に分けて引き出しました。
ケア病棟のお見舞で必要な物の購入、入院費の支払い、葬儀の支払い、お坊さんへのお布施、先生方への御礼、遺産整理の雑費にも使えました。あの時引き出していなかったら、遺族で立て替えることになりかなり煩雑で困ったと思います。
12)銀行はすぐに止めない(解約しない) 銀行同士繋がっている?
誰に聞いたわけでもありませんが、銀行同士の情報は繋がっている、そんな気がしたので、母が亡くなっても全ての銀行をすぐには止めませんでした。
しかし記録が残るのでキャッシュカードも一切使いませんでした。
訪問医療費などの引き落としと高熱費の引き落とし、最後の年金の入金や高額医療費の換金などのお金の動きがあると考えたからです。実際にありましたので、全てが終了するまではそのままにしておきました。
必要分の現金は生前に引き出す(もちろん許可をもらって)
銀行は1つも解約せずにお金の動きが止まるまで
追加ですが、遺影となる写真も生前に母と相談して決めました。
通夜
隣の部屋では夕方亡くなった母が形を整えられて静かに寝ていました。
キッチンで兄弟と話したことが印象に残っています、なんとなく、母のことをどう思っていたかと話題になりました。亡くなった母の肩を叩き呼び続けていた兄弟の1人は、母は自分にとっては友達だ、もう1人の兄弟は守るもの、私は守らなくてはいけない小さな花だと。それぞれの母に対する思いは違うのだと感じました。
もう一つは、母の銀行通帳はどこにあるかと1人が尋ねたことでした。母に頼まれ私が預かっていたので、そう伝え、今日は持っていないと言うと、不機嫌になりました。預かるようにと言われたからだと言い放っておきました。もう1人も彼に加勢しかけましたが、事実なので繰り返し伝え放っておきました。その時、伯母から電話があり、自分が100歳になったと喜びの声で伝えてきました。間が悪かったです。
明日は葬儀屋が来て母を運び出し、翌日は安置所に置き、翌翌日はお葬式で火葬にすると決まりました。葬儀屋の手順通りでしたので、特に問題はなかったです。
翌日、葬儀屋は白い手袋をして一度手を合わせると、母の体をささっと白い布袋にくるみ、玄関から2人がかりで運び出し大きめの白いワゴン車に乗せました。昔のように黒い霊柩車ではなく、ただの白い車でした。私達は母を乗せた車が見えなくなるまで手を合わせ、頭を下げていました。
自分の家に戻り持ってきた母の写真を分類し百均の小さなアルバムに入れました、葬儀の待ち時間で少しでも母のことが話題になるようにと。
その翌日の葬儀は滞りなく行われました。読経の間にお線香の煙に紛れて棺から靄が立ち天井に広がるのを見たような気がしました。母は真っ直ぐに天に向かったのだなと思いました。
火葬を待つ間に、兄弟の嫁が母の写真を見ながらこんなにたくさんあるのなら邪魔になるしPCに入れればいいと事も無げに言いました、誰がそのデータを入れるのだろうかと思いました、無視しました。
次回、実家で兄弟と共に今後の手続きや遺品整理の相談をする日取りを決めて葬儀は終わり解散しました。
母の骨は長年透析をしていたのでとても脆く粉々でした。