はじめに
遺品整理では、とても嫌な思いもしましたが、初めて知ることや体験することも多かったです。
この記事を読んでくださる方に少しでも役に立ち、何かのヒントになるとか、悩んでいるのは1人ではないのだとか、そんな共感をもっていただけたら幸いです。
そんなことを思いつつ、個人的なことですが振り返りながら記事にしました。
生前の母のことと、その後
東京の自宅で1人暮らしの高齢の母が亡くなる前は緩和ケアの受け入れ探しでした。透析と癌の併発なので、近隣の県を合わせても、緩和ケアの受け入れ先は数件しかなく、それまでに50件以上問い合わせしましたけれどほとんど不可でした。緩和ケアと透析は相容れないようでした。
兄弟はいますが、もちろん、兄弟たちは何もせず、入院の面接だけかろうじて来ましたが。
困り果てだ矢先、幸運なことに近隣の病院のベッドが空いたと知らせがあり入院。しかし医師からは癌がかなり進行しているので病状から2週間入院=生存していられるかどうかと言われました。
家にいるときは、母は自分の身の回りのことは自分でやろうと必死だったせいで意識がはっきりしていたのだと思います。入院したらあっという間にボケて立てなくなりました。15分の面談で会話を成立させるのがやっとでした。亡くなった父がベッドの傍に立ち迎えに来たよとか、亡くなったみんなが楽しそうにして母を呼んでいるよとか、看護師にはせん妄と言われた症状がかなり出てきていました。
そしてなんとか退院、本人の
「みんなにさようならを言いたい」
と涙ながらの言葉をようやく聞き取り
手続きしました。
透析をしていた病院の相談員から推薦された在宅看護と在宅医療は、結果的に3日しか必要なく、それでも母は自宅で満足して亡くなったと思います。
この時ばかりは兄弟が全員揃い、シフトを決めて夜も対応できるようにしました、母も意識が少しあるときはみんなと一緒に声を立てて笑うことができました。
つづく
メモ
母が元気なときや、生前にやっておいて、本当に良かったと思えたことをメモしました、
①毎朝、毎晩、数分だけでも、母に電話をしたこと。
気にかけてもらっているということで、人は生きる力が出てくると聞き、仕事をしていても可能でした。
②早めにケアマネや介護支援と結びつけたこと
母はまだまだ自分でできるからと、人の手を借りたがらず、説得が大変でしたが、人の手を借りた方が安全で生活レベルも上がるし、何よりも他の人はもう始めていると伝えました。
③母に合わないケアマネを変えたこと
1度決めたケアマネを変えるのは失礼と思いがちでしたが、変更できることを知り私が手配しました、というよりも行政に相談してその部門の責任者に母のケアマネをお願いしました。
以前のケアマネに、年度替わりの時に脅しとも取れるような言い方で強制的にレンタルベッドの続行を言われたからです。
母は困りながらもケアマネから何かされるのではないかと怯えていたので、これはおかしいと私は考え相談しました、
結果的に、さすがにケアマネの中のケアマネ。
彼女は気が利きアクションが速く親切でした。もちろん母との相性も◎
高齢者には良いケアマネと巡り合うことが1番大切と知りました、
今でも彼女には感謝しています、ありがとうございました。
