2つめの記事『ひとりごと』(リンクとかできなくてごめんなさい)で頂いたコメント、
考えさせられました。
【もしかしたら:
>頑張らなければ頑張らないほど、
>育児も家事も手を抜くほど、
>私は私をキラうのかな。
頑張らないことに対して罪悪感があるからではないでしょうか。
頑張らない自分には価値がないと感じているから。
>私、もう少し頑張ってみたら
>好きになれるかな。
そうはならないと思う。
だって、今までずっとそうしてきたんでしょう?
自分を好きになるために頑張るっていうことは、「頑張らないと自分を好きになれない」って思っているからですよね。
頑張って、自分を好きになったとしても、「頑張った自分」を好きになるだけで、頑張るをやめた途端、また自分が嫌いになってしまいますよ。
何が言いたいかというと、「自分を好きになる」ことと「頑張る」ことは関係ないのです。
何とかして自分を好きになるハードルを上げて、自分を苦しめようとしているMなのかもしれませんね!?】
自問自答してみました。
で、私はやっぱり頑張ってみようと思うのです。
子どもたちに幸せな人生を歩んでほしいと願うあまり、
がんじがらめになって、
しつけも叱ることも褒めることも
もう3歳半のムスメのトイレトレーニングも
何もできなくなってました。
子どもたちに私の価値観を押し付けてしまってるんじゃないかという罪悪感から逃げるために、
頑張らない、手抜き育児を
頑張っていたのだと思うのです。
本当は子どもたちにいろんなことを教えてあげたい、
それなりのマナーを身につけてほしいし、
ある程度人の気持ちを考えられる人になってほしいし、
自分の夢をみつけてほしいし、
沢山の経験をしてほしい。
どこの幼稚園がいいかな、
習い事とかどうしようかな、
おやつはチョコよりベジタブルの方がいいかな、
私が子どもたちにとって良いと思う選択をする、
私がしたい育児をする、
それが私がやりたいこと。
そしてそのやりたいことには
子どもたちにとって本当に良い選択なのか?という罪悪感がついてまわる。
その罪悪感を突き破ってやってみる。
そしてその罪悪感は感じる必要がなかったんだと、思えるようになるまで。
この頑張る、はきっと
自分の力を信じることだと思ってます。
でもひとつ、
今までの私と違うことは、
頑張ると決めたら
いつでもずっとずっと頑張っていないといけないとは思わないということです。
頑張りたい時に頑張って、
頑張れない時はそんな自分も許してあげる。
頑張って空回りしても、
思っていた成果が得られなくても、
私の価値は変わらない、
と思えています。
だから、
少し頑張ってみる私を見守ってくださると嬉しいです。
コメント下さったぴっころさん、
勝手にコメント紹介しちゃって
ごめんなさい。
個人的にお返事しようかなとも思ったのですが、
すごく大切な気付きになったので、
自分の記録としても残しておきたくて
ブログに書かせて頂きました。
コメント、本当にありがとうございました(o^^o)