

ブログネタ:
「誰でも良かった」で殺されたくない!
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心情を理解できない事件が多いですよね。
本当にどうしてしまったんだろう・・・と思う。
怖いとも。
肉親、家族でも平気で手をかける。
ましてや誰でもいいなんて
人間が思うことなのだろうか?
それは本当に意思?
それとも壊れてしまったの?
そういうことでしか、自分の存在をアピールできない?
注目して欲しい?
気付いてほしい?
もっと他の方法があったはずだし
もしかしたら、本人はイケない事とどこかで分かっていたのかも
でも、行動に起こしてしまった。
どうして防げなかったのだろう。
家族でも無理?
なんだか、寂しさを感じる。
ある講座を受けたとき
先生が
あなたが生きているということは
誰かに愛されている証なんですよ
自分が勝手に愛されていない
孤独だ、どうせ自分なんか・・・と
自分で自分をおとしめているのだと
熱く語ってくださった。
自分の思い描いたようにコトが運ばない時
悪い方に考えがち
でも
生きている、生かされているという現実は
本当に素晴らしいこと
愛を感じられない自分がどこか余所を見てる?!
生きている今があるということは
愛されているんですよ、と。
先生のその言葉が
グチを言ったり、姑のことで悩んで落ち込んでる自分が
とっても小さく見えた。
誰に愛されているのか
気付いてない自分がいるだけのこと。
生かされてる。
生きてる自分。
今日一日、元気で過ごせる自分。
そう思うと
誰かに当たってみたり
ネガティブにとらえることがバカみたいに思えてきた。
人をあやめるという最悪の結果を生む前に
誰しも
愛されて生まれてきた。
愛されて生きてる。
そんな、当たり前のようで
気付かなくなった社会に、背を向けあきらめないで
人として生まれたのだから
愛を感じられないのなら
せめて
自分が愛を配ってみたらどうだろうか。
殺人のニュースなんて
見たくもないよね、、、
必ず、つながってるんだ。
その心を
取り戻して欲しい。
つなげていこう!!