骨折れマネージャーが見た 『嫌われ者』 本当の姿
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有志校の参加となった2デイトーナメント。先のリーグ戦でも準優勝を果たし、優勝候補の第一頭として注目された日出高校。校内の期待も高まり、校内新聞でも部活動の見開きページを野球部の特集記事で独占する程。もちろん、部員達自身が誰よりも自分達に期待をしていました。

そして、この大会で日出には、優勝の他にもう1つ達成したい目標がありました。それは、長年のライバル校であるK高校との試合に勝利することでした。練習試合もよく組まれ、公式戦でもなぜか毎回のように当たることになる相手。通算対戦成績こそは、拮抗しているものの、最近の試合では負けが込んでおり、日出が準優勝に終わったリーグ戦でも、2試合に戦い2連敗。この2敗が両チームの命運を分け、結果K高校は優勝を果たしました。

さらに、ある日の練習試合の際には、試合前にウォーミングアップでランニングをしていた日出部員達に対して、K高校の部員数人が「社会不適合者集団」と揶揄。その試合でK高校が併殺崩しの際に二塁手の越智に必要以上のスライディングを見舞ったことで、あわや乱闘寸前の状況となり、試合は予定されていたイニングの半分も進まない内に打ち切られる事態を起こしていました。

この試合を境に、両校は単なるライバル関係を超え、“因縁の相手”として意識し合う関係となりました。

この2デイトーナメントにも、K高校はエントリー。抽選の結果、初日の組み合わせこそ一番遠い山となりましたが、お互いが勝ち上がれば、2日目の大事な山場で当たる可能性が大いにある形となりました。

「もし当たったら絶対に叩き潰す」といつも以上に気合が漲る日出ナインの中で、越智ただ1人は冷静でした。


ー感情でやるといいことない。向こうが幼いならこっちは大人になるべき。喧嘩をしたいならとことん因縁を楽しむ感じでやればいいが、野球をして野球で勝ちたいなら、相手がどこであろうと同じ準備をして同じ心構えで同じ野球をやるに尽きる。ー

燃え上がるチームにあえて水を注ぐようなコメントをした越智も、「絶対に勝ちたい」という思いは同じでした。


2デイトーナメント開幕。初日を見事下馬評通りに全勝で飾り、2日目の決勝トーナメントへ進出。対するK高校も、リーグ戦優勝校としての意地を見せ、日出同様無傷のまま2日目に駒を進めました。

そして、初日の全試合を終えた夜に行われた2日目の組み合わせ抽選会。なんの因縁か、日出とK高校が当たるのは、決勝の舞台という形に決まりました。


優勝するため、ライバルを倒すため、2日目も勝ち進みました。そして、辿り着いた決勝の舞台。そこにはしっかりK高校が待ち構えていました。


ー自分達の野球をやるだけな。それだけでいい。気張らないようにしよう。頑張ろう。ー


試合前の円陣でいつも以上に部員達を宥めるような口調で話した越智。部員達の目に色も、マネージャーとして見ていてこの日が一番というぐらい、ギラギラしていました。


試合はもつれて7回を迎えた時点で5対6とK高校リード。互いに守備の乱れもなく、締まった打撃戦が展開されていました。

7回に日出が同点に追いつきます。しかし8回にまたリードを許し、9回にさらに追加点を許し6対8。迎えた9回裏、下位打線がフォアボールとヒットでチャンスを作り、1アウト・ランナー2塁3塁。打席には、1番の越智が立ちました。待球型の越智はこのプレッシャーがかかる打席でも冷静に、らしさを失わずじっくり球を見極め、好きな球や狙い玉を絞り、待っていました。ファウルで逃げながらカウントを作り、2ストライク・2ボール。インコース低めが好きで、アウトコース高めが苦手な越智は、幾度の対戦で自分のことを知り尽くしたK高校バッテリーを相手に、「必ず最後は苦手なところを突いてくるはず」と読んでいました。その読み通りに投げ込まれたアウトコース高めへの直球を、ライト線へ痛烈なライナーを弾き返しました。しかし、素晴らしいポジショニングを敷いていた右翼手が横っ飛びでダイビングキャッチ。追い込まれた後にはライト方向へ流してくる越智の特徴を、こちらも読まれていました。これが犠牲フライにはなったものの、抜けていれば一気に同点かつサヨナラのチャンスを作れていただけに、日出ギャラリーからは落胆の声が漏れました。2アウト・ランナー2塁。まだ諦める状況じゃないとベンチからは精一杯の声が飛びましたが、一度相手に渡った流れは日出には戻らず、続く打者の放った打球がまたも遊撃手のダイビングキャッチに阻まれ、ゲームセット。


「いいところまで来て、相手はライバル校で、いつもの負けの何倍も何十倍も悔しさはあるが、お前らはここまでよく頑張った。ここまで勝ってこられたのはお前らのお陰。今日負けたのは俺の責任。お前らはなにも悪くなかった。俺一人が悪い。だからお前らは胸張って家帰って、明日からの学校生活に練習に、また気持ち新たに前を向いて頑張ってくれ」

敗軍の将は、兵達を褒め称えました。しかし、これに越智は黙っていられませんでした。

ー監督は今、俺が悪いと言っていたけど、俺達の中に一人でも本当にそう思ってる奴がいたり、その言葉に甘える奴がいたら、一生あのチームには勝てないと思う。当然今日の負けだって俺達が悪い。監督のサイン通り、思い描いた通りにみんながやれていたら勝ててた試合だから。それを大事な場面でできなかった俺は、この中でも一番悪い。みんな申し訳ない。本当はもっと言いたいことあるけど、応援の先生やご家族もいるから、また明日話します。とにかく今日は悔しい試合でした。ー

そう言って再び地面に腰を降ろすと、そのまま越智は下を見つめたまま、動かなくなりました。部員達が着替えをし始める中、越智だけはずっと体育座りのまま、うつむいていました。よくよく見てみると、肩が小刻みに震えています。越智に差し入れのスポーツドリンクを渡しに行った女子マネージャーに、様子を聞いてみました。

「泣いてる。かなり。」

越智が泣く姿など、それまで誰も見たことはありませんでした。なかなか顔を上げない越智に、誰も声をかけることはできませんでした。

結局、それから1時間ほどずっと泣き続けた越智。いつもなら試合が終わった後は仲の良い者同士でバラバラに帰路につく部員達も、この日は越智が顔を上げ、着替え終わるまで誰一人帰ることなく、越智を待っていました。

半田が全員の想いを代弁してくれました。

「負けて悔しかったけど、正直、どこかで言い訳してる自分がいた。どこかで『自分のせいじゃないし』とか、『まだ最後なわけじゃないし』って逃げ道を作っていた。この1つの試合に対して、越智君ほど向き合えてなかったんだと思う。監督のせいでも、越智君のせいでもない。泣けるほどまっすぐに挑めなかった自分達のせい。笑うときも泣くときも、みんな一緒のチームにしたい。」


キャプテンの涙からチームは変わりました。“バラバラ感”みたいなものが売りの1つでもあったチームは、見違える程協調性や和を重んじた雰囲気に変わりました。


ある日の練習前の声出しで、半田が言いました。


「社会不適合者は社会不適合者らしく泥臭くガムシャラにやりましょう!そして、必ず優勝しましょう!監督を男にするぞーーー!!」


あくまでも目標は大会で優勝するということ。優勝するということはつまり、あのチームにも勝つということ。



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試合会場に着き、監督の姿を見つけるなり、越智は一目散に監督へ駆け寄り、今朝のメールについて深々と頭を下げました。

ー「ありがとうございました」と言ったら肩を叩かれて「気にするな」と言われました。いつもはなにか確認事があってメールをしても、『うん』とか『はい』とか『わからない』ぐらいしか返ってこない監督が、自らあれだけのメールをくれた。嬉しさは、凄くなんてもんじゃなかったです。ー

今までの表情や雰囲気からは打って変わって、仲間と談笑したり、応援の先生と談笑したり、今までは見られなかったリラックスした姿が、見られました。打てない責任やプレッシャーから解放され、これから始まる準優勝をかけた戦いに向けて、ワクワクしているような様子にも見えました。

しかし、試合開始30分前になり、グランド内への入場が許可されると、その表情は一気に変わりました。一転、このリーグ戦で一番鋭い目つきになっていました。

ーなんかね、やっぱり意識しちゃうね。個人的なことで、全くみんなには関係のないことだから、その中にみんなを入れてしまうのは申し訳ないし、よくないことだとは思うんだけど…。どうしても、今日この日だけは、忘れられない。ー

実は、この日は、越智が日出に編入する前にいた高校へ、退学届を提出した日だったのです。

在籍中、担任の先生、野球部のコーチと、毎日のように話し合いをしてきたそうですが、ただ1つ叶わなかったのが、監督との話し合い。越智は誰と話すよりも強く監督との話し合いを熱望していましたが、コーチの強い反対の元、叶いませんでした。(以下のコメントは、試合当日ではなく、後日校内新聞作成の際に行ったインタビューの中で話してくれたものです)

ー「監督がまずコーチと二人でよく話し合って、ある一定の方向性を見い出してからその最終決定を越智自身から伝えに来いと言っている。監督はそうそう時間がとれない。」とのことでした。だから、退学した後もそのことについては考えないようにしていましたが、ある日私用を終えて携帯を見たら監督から留守番が入っていて、「一度でいいから直接お前と話したかった。コーチや担任じゃなく、俺のところにも来て欲しかった」って・・・。それを聞いて、もうわけがわからなくなってしまった。『もしかしたら、俺はあの学校を辞めずに済んだんじゃないか』と、多少の悔いが生まれた。ー

なんとか怪我の痛みが落ち着くまで野球部を休ませてもらい、それまでは治療と学業に専念する形を取らせてほしいと懇願していた越智の思いに、待ったをかけたのは、コーチでした。

ーまず最初に「俺と監督はお前に期待しているんだよ」と言われました。次に、「それはお前がこの学校に野球で入ったからだよ」と。「野球で入った奴が野球やらなくなったら俺や監督はお前の合格通知に判子を押してくれた理事長や校長にどんな顔を向けたらいいんだよ」と。「もちろん辞めるのではなく、試合に出れなくても、3年間ベンチでもいいのでやり遂げたいです。やり遂げるために、今は治療させてください」と伝えましたが、納得してもらえず。「ボール拾いや道具運びなど、できる範囲で協力させていただけるなら、参加させてください」と伝えれば、「学校から球場まで誰がお前を運ぶんだ。他の奴らはみんな走ってるんだぞ」と。理解を得られぬまま同じようなやり取りが何日も何日も続き、ある日コーチから啖呵を切ったように「辞めたいなら辞めたいとはっきり言え」と言われ、もちろんそうではなかったのではっきりと否定しましたが、「俺はもう無理だと思う。来年には特待の奴らも入ってくるし、もうそもそもお前らの代には期待もしていない。ましてや気持ちが切れた奴は必要ない」と・・・。そして、「では自分は野球部にはもういられず、野球部にいられないということは、どうなってしまうのでしょうか?」と聞くと、「そんなもの俺に言わせるな。自分で考えなさい」とだけ言われました。最後、話し合いの場であった部室を出るとその扉の前で、「足が痛くてここに来るのも辛いなら学校から退学届を郵送してやってもいいぞ」と言われました。この時初めてコーチの口から『退学』と言う核心の言葉が出ましたが、何日にも及んだ話し合いの中で、そういうことなのだろうと察しはできていたので、その時は冷静に「家族はまだそこまで決心がついていないと思うので、少し話し合う時間をください。家族も含めて心の準備が整ったら、自分の足で取りに来ます」と伝えましたが、その翌々日に自宅のポストを開けたら、入っていました。その日のうちに郵便ポストへ投函し、なんだか呆気なく僕の高校生活が終わってしまいました。それと同時に、おおげさではなく、自分の将来への不安も湧き上がってきました。「自分は今後どうなるのだろうか」と。その時は、またどこかの高校へ入ることも計画できていませんでしたし、試験を受けても受かるとは限らないわけですから・・・。ー

また、最大の心残りとしては、チームメート達の存在をあげていました。

ー退学届をポストに入れた時、一番最初に浮かんだのはチームメート達の顔でした。短かったけど、本当に濃い時間だったし、みんな良くしてくれた。一緒に野球をしている時以外の時間も、楽しかった。これからもっと仲良くなりたかったし、野球したかった。しかも、誰にもなにも言えずに辞めてしまった。それが一番の心残り。きっと裏切り者と思ってる人もいるし、なんでなんも言ってくんなかったんだと怒ってる人もいる。でも、話す時間がなかったし、それ以外にも理由はあったから、しょうがなかったと思うことにしてます。ー

その、“それ以外の理由”とは?

ーみんなのやる気を損なわせるようなことをしたくなかった。コーチが僕になにを言ったとか言わなかったとか、その中身を知ることで、ガッカリさせたり幻滅させたくなかった。言われたのは自分。自分だけ知っていればいいと思った。みんなはコーチからも監督からも必要とされている。必要とされていないのは僕1人なのだから、辞めるのももちろん僕1人でいいと思った。だから、コーチとの話し合いの中で生まれた悩みや不満は、誰にも言えなかった。ー

この話を初めて聞いた時、なんとも言えない気持ちになり、インタビューなのに、次の言葉が全く出てきませんでした。

ーもう自分の中で清算できたことなので話しますが、前の学校にいた時間の中で一番悔しかったのは、“放っておかれた”こと。ある日の練習で、コーチが部員達の元を一人ひとり回ってマンツーマンで指導してくれたことがあった。その時僕もちょうど打撃のことで悩んでいた真っ只中だったので、当然僕も指導をお願いしに行った。「そこで素振りをして待っていろ」と言われ、言われた通り素振りをしながらコーチが来てくれるのを待っていましたが、最後までコーチは来てくれず、結局その日は素振りをしていただけで終わってしまいました。他の同級生達は、指導を頼んでいないメンバーも指導を受けていた。指導を受けなかったのは自分だけだった。怒られたり、ぶん殴られたりするのなら、その中から愛情や期待を汲み取ることもできたかも知れない。ただ、相手にしてもらえない、構ってもらえない、見てもらえないというのは、期待されていないということ以外に受け止めようがなかった。僕は“必要とされている”と思いあの学校を選び、野球部に入った。それが自分の思い込み、ただの思い上がりだったと知って、恥ずかしくなりました。もうあんな思いはしたくない。日出では、勘違いや思い違いではなく、本当に必要とされたいし、惜しまれてやめていくような人になりたいです。ー


この話の中に出てきた、退学届が家のポストに入っていたと言うその日こそが、リーグ戦の最終戦の日でした。(以下は試合当日の言葉)


ーあれから2年か~って感じ。思い起こすと、本当に色んな気持ちが蘇る。日出に来てからも、何回も何回も思い起こしては奮い立たせてきた。辛い時こそ、思い出して負けてたまるかと思ってやってきた。今頃前の学校では元チームメート達も頑張ってる。場所は違えど、同じことを頑張ってる。負けたくない。ー


監督からの優しさ、
期待、
信頼。

前の学校で果たせなかった夢、
別れ惜しくも離れ離れになった仲間、
コーチから言われた心ない言葉。

雪辱に燃える、男の意地。

たくさんの思いを糧に立ったこの日の打席。8回裏、第四打席目。三遊間をライナーでやぶる、逆転の2点タイムリー。

普段は喜びを表に出さない越智が、打った瞬間に右手拳を握り、「おっしゃー!!」と叫びました。一塁ベース上で大きく手を叩くと、ベンチに向かって今度は左手でガッツポーズ。ベンチからは選手全員が飛び出し、全員が越智と同じようにガッツポーズを作りました。

ー優勝したかったけど、1番バッターの自分があんなんだったから無理だった。本当に申し訳ない。ただ、なんとか準優勝はできた。みんなのおかげ。僕はこの大会2本しかヒットを打てなかったけど、その内の1本を、みんながあんなに喜んでくれた。それまでは自分1人で自分自身と戦っているような気になっていたけど、最後の最後でそうじゃなかったとみんなが気付かせてくれた。ー

そして、試合後、監督はチーム全員に対して言いました。

「みんなで掴んだ準優勝。誰かが1人欠けたら掴めなかった。イマイチ運のない奴も実力が出しきれなかった奴もいたが、そこを全員で補えたからこういう結果がついてきた。俺はこの大会でのお前らの姿を尊敬するし、誇りに思う。ここにいる全員がこの日出というチームに必要だ。これからも、頑張ろう。」


そうなんです。 “ 必要 ” なんです、全員が。





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3年生の夏に出場したリーグ戦。その初戦、第一打席で、事件は起こりました。

1番打者として立った第一打席目。2ストライクから粘ってフルカウントまで持ち込むと、10球目のインコースへのショートバウンドするボールを見送りフォアボール。9球投げさせてのフォアボールと1番打者として最高の仕事にベンチもギャラリーも一体となって拍手を送り、越智も颯爽と一塁へ走り出そうとしたその瞬間、審判の右手は高々と挙がり、「ストライクスリー!バッターアウト!」と声をあげました。

ワンバウンドしているのですから、ボールなはずです。キャッチャーも捕球から間髪いれずピッチャーに返球しましたが、思わぬ審判のストライクコールに、思わず「えっ?」と言って審判の方を振り返っていました。

日出ベンチはみなその状況を理解できず、ぽかんとした表情を一様に浮かべていました。

そして、一番驚いていたのは当然、“被害者”となった越智。バットをベンチ方向へ軽く放り、一塁へ走り出したところでの三振を告げるコール。一度はコールのし間違いを疑い、立ち止まって少し審判に歩み寄り、「フォアボールですよね?」と確認をしましたが、それでも審判の返答はやはり、「いや。ストライク。バッターアウト。」

これを聞き越智は苦笑いを浮かべ両手を広げながら打席へ戻り、ボールがバウンドしたその痕跡を指差しながら抗議。しかし、認められることはなく、粘りに粘って勝ち取ったはずのフォアボールは、誤審により三振へと変わってしまいました。

越智なベンチに帰ってからもなお不服の表情を浮かべ、何度も首を捻り、あまりの脱力感からかバッティンググローブを取るのも忘れ、3アウトチェンジを迎えてチームメートが守備位置に散っていくその全員の後ろ姿を見送ってからやっとバッティンググローブを外し、重たい腰を上げました。

しかし、ベンチ内でチームメート達が慰めにきてくれたその優しさに心を打たれ、

ーキャプテンがこの姿じゃダメだと思った。自分よりも怒ってくれて、悔しがってくれている仲間がたくさんいた。それでこの試合もう一度がんばろうと気持ちを入れ替えられた。ー

と気持ち切り替えて再出発。しかし、その後の打席でも審判との呼吸が合いません。第二打席目、打席に入る際、「先ほどは執拗に抗議しましてすいませんでした」と審判に脱帽し謝罪を入れてから打席へ立ちました。この打席もフルカウント。越智が見送った最後の球は外角高めに外れたように見えましたが、これも無情にもストライクコール。自信を持って見送っていた越智は『またか』と言った表情で腰に手を当て空を見上げ、ついに相手キャッチャーと一塁手からは「儲けー!」「ナイスジャーッジ!」という茶化しまで入りました。

その後の打席では集中力の欠如から精彩を欠いた越智は空振り三振とサードファウルフライ。なかなか三振やフライによる凡退をしなかった越智には珍しく、らしくない打席が続きました。守備でも送球エラーに平凡なゴロをファンブルと合わせて2エラー。この越智の元気のない姿に動揺したのか、普段はなかなかエラーをしないショートの半田とサードの川口にも1つずつエラーが飛び出し、この試合日出は合計6エラー。

それでも試合は1対0でなんとか勝利したからまだ救われたものの、試合後も越智の表情に笑顔が戻ることはありませんでした。

この日を境に、越智の打撃不振が始まりました。それも、かなり深刻な。試合では三振か内野フライを繰り返し、練習ですららしくない内容が続きました。流れを変えようと、打撃フォームを一新して挑んだりもしましたが、どれも奏功せず・・・。リーグ戦最終戦まで、打率1割にも満たないほど、入部からずっと大きな波なく安定した活躍を見せたきた打撃は、絶望的なものとなってしまっていました。

勝てば準優勝という大事な最終戦の朝。朝起きた越智の携帯に、監督からメールが入っていました。

『結果が出ていないことは気にするな。どんな人間でも打てない時は打てないものだ。だが、打てる時は打てるもの、ではない。やっぱり、頑張った奴や、努力した奴しか、打つことはできない。お前は今まで誰よりも安定して打ち続けてきた。それは誰でもできたことじゃない。当然、監督として俺はその姿を見てきた。あいつらもみんな見てきた。だから心配するな。好きにやれ。打てない時に楽しくやれと言っても無理だろうからそれは言わん。だから、好きにやれ。それでダメでも自分を責めるな。お前は悪くない。今日の打順はまだ決めてないからこれから車の中で考えるが、お前は今日も1番セカンド。よろしく。』

読み終えた瞬間、涙が溢れ出たそうです。


そしてもう1つ、この日は越智にとって忘れることのできない、“ 特別な日 ”でした。


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「キャプテンは越智でいく。」

3年に上がって初めての練習の直前、いつも通り監督を囲って作った円陣の中で、監督から発表されました。

その中で、新しい背番号も発表され、各部員に手渡されました。越智に与えられた背番号は、「7」でした。

1年の秋に入部した時、監督から背番号の希望をたずねられ、

ー何番でもいいです。空いてる背番号の中で、一番大きな数字でかまいません。ー

と謙虚に答えた越智に、監督は好きなプロ野球選手をたずねました。

巨人の仁志と聞いた監督は「ちょうど良かった。ここで待ってろ。」と言い、すぐに背番号8を手に戻ってきたそうです。

ー「お前が入ってくるちょっと前に、8をつけていた2年生が退部してちょうど空いていた。どうせなら若い数字から使っていきたいから、お前にやる。」と言われました。1年だし、途中入部だから荷が重たいと言いましたが、「なにかの運命なんだから。」と。ー

思わぬ形で一番好きな数字を背負うことになった越智は、その後2年生になってからも、8をつけました。ところが、その秋に仁志選手が巨人を退団し、横浜ベイスターズに移籍することが決定。仁志選手の新背番号が7に決まると、監督も越智の背番号を7に変えようと、即決したそうです。

「大洋時代からベイスターズファンの俺にとっちゃ、読売の血が入った仁志はあんまり好きじゃねーが、来た以上仕方ねぇ。(笑) 隣の区の私立校から移籍してきた越智と境遇もかぶるし、だったらとことん越智と仁志をかぶらせてやった方が、見てるこっちも面白い。(笑) 越智も一層気持ちが乗るだろ。」

と監督。

監督自身も、学生時代に憧れた屋敷要選手のプレースタイルや打撃フォームを真似、屋敷選手の定位置だった「1番・センター」のポジションを目指していました。

「でも自分は叶わなかった。下手くそだったし、足も速くなかったから、屋敷みたいにはなれなかった。打順もポジションも背番号も、違う奴らがそれぞれ持ってった。けど、越智は違う。このチームでは仁志と同じような役割をこなす力がある。他の奴だって同じ。憧れの選手と同じポジションに立てる力がある奴は、俺は一人でも多くそのポジションで使いたい。憧れの存在がいる奴は、やっぱりどこかその選手の面影がある。こいつらは俺の学生時代とは訳が違う。好きな打順、ポジション、背番号を与えられるだけの実力があり、努力もしてきたから、その資格がある。」

何よりも一番に生徒達のことを考えている監督です。生徒達が楽しく野球をやるためになることは、なんでもしてくださいます。

ー僕は今までの野球人生で監督さんには本当に恵まれてきました。日出でも、またいい監督さんに出逢えました。きっと僕にとってはこの人が最後の監督。僕だけでなく、監督に拾ってもらった、救ってもらった人達がたくさんいます。そのみんなの手で、監督を胴上げできるように、頑張る。それが僕らができる、監督への恩返し。ー (日出校内新聞・越智のインタビュー記事より抜粋)





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普段は温厚、冷静で、感情的になった姿はまず見せない越智が怒りを表した試合がありました。

ある日の練習試合。3番・ショートで出場した越智の第三打席に、左肩へのデッドボールが直撃しました。

いつもならば当てられても表情1つ変えることなく一塁へ走り出す越智でしたが、この時は違いました。当たった後バットをネクストバッターの半田に手渡したまでは普通だったのですが、その後なかなか打席から歩き出しません。なにか怪我でもあったかと思い、私はマネージャーとしてコールドスプレーを手にベンチから飛び出し越智へ駆け寄りました。すると、「三度目だぞ!オイ。」と、越智がピッチャーを睨みつけながら言ったのです。思わず驚いて立ち尽くしていると、今度はキャッチャーに向かってなにか二言三言言い残し、やっとゆっくりとした足取りで一塁へ歩き始めました。その間もチラチラとピッチャーを睨み、誰から見ても明らかに怒っている様子でした。

この「三度目」という言葉、実はこの試合では既にこのピッチャーから、越智の前にも2人の選手が同じ顔面付近への投球によるデッドボールを受けていました。それに対する、「三度目だぞ!」思わぬ展開に、ピッチャーは、明らかに動揺していました。

試合後、デッドボールを受けた箇所の確認がてら、その時の心境を聞いてみました。

ーあれ演技だよ(笑) デッドボールごときであんなに怒るわけないじゃん(笑)ピッチャーも一生懸命投げた結果なんだし、当てたくて当てたんじゃないのはわかってる。ただ、勝ちたかったからね。これをただのデッドボールにするよりは、なにか少しでも相手にダメージを与えるデッドボールにしてやろうとは思って。俺の前に2つもデッドボール当てていて、ただでさえ自分でも神経質になっていたところに、あんな風な態度取られたらもっと気にするでしょ。しかも俺の次は見るからに俺より怖いヤンキーの半田君(笑) このバッターだけには絶対当てちゃダメだ!って思いが強くなればインコースには投げづらくなるし、らしさも出せないでしょ。半田君は外角の球を逆方向に強く打つのも上手いバッターだから、インコースを消せれば半田君のチャンスボールも増えると思った。ー

これを聞いて驚きました。まさか演技だとは。本当に怒っているようにしか見えませんでしたから。しかも、その狙いも大的中。本当にあの後半田が外角のストレートをライトオーバーのタイムリーを打っていました。

ー半田君が本当に打ってくれて勝てたからこうやって演技だよとか偉そうに言うことができてる。想像通りの完璧なバッティングだったし、半田君が4番の仕事を見事に果たした試合でした。ー

「じゃあピッチャーに三度目だぞって言った後キャッチャーにもなにか言っていたけどあれはなんて言ってたの?」と聞いてみたところ、

ーあれはキャッチャーが「めんご、めんご。そんなに怒んないでよ7番ちゃん」ってノンキに言ってきたから、「次のバッター、見た目の通りだよ。怒らせちゃったらウチのチーム誰も止めらんないから、気を付けてね」って忠告しただけだよ。別に脅したわけじゃなくて優しさだよ(笑)ー

監督も含めチームで唯一演技だと見抜いていたという半田は、「あの打席6球も投げて全部外角だもん。そりゃ打てるよ!(笑) 越智君の名演技に感謝!」と上機嫌でした。半田の特長を把握し、その特長を生かすために策をこうじた越智と、越智のその行動の意味を理解し、見事その期待にバットで応えた半田、2人の名コンビ振りが格好良く決まったゲームになりました。「二遊間コンビとしても息が合うし、打順も前後することが多いから、越智君の考えてることは学校内での生活でもよくわかる。見た目は俺が軟派で越智君は硬派だけど、なのに息が合ってるっていうところがなんかいい」と半田君が野球部ノートに書いていたことも、印象深いです。


ー今回僕がやった行動は人によっては嫌いだろうし、高校球児としてどうなのか、フェアプレー精神に欠けているんじゃないかという意見が出てもおかしくはないと思います。ただ、僕は気にする気はありません。自分も含めてこのチームは子どもだしやんちゃだと思うけど、踏み込んではいけないラインはみんなちゃんと考えてる。その中でのやんちゃは、僕はこのチームの個性、良さだと思う。チームやみんなの個性を消してまで、世間が決めた“高校らしい野球部”にまとまろうなんて思いは、これっぽっちもありません。ー

それでいいと思いました。私も。


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2年夏、新チームになってから初めての合宿。この頃になると、春に入部した半田も、もう同じ“ヤンキー層”同士で仲の良いグループを作り、しっかり居場所を確立していました。

しかし、このヤンキーグループと他のグループの関係性がよじれ、新チームに一つ目の大きな試練をもたらします。

きっかけは合宿でのこと。全員が前へ前へ立つタイプで、日頃の練習でも積極的に案を出し、意見をし、実行に移す時も一切躊躇わず、時に監督からも「もう少し周りを見るように。お前らだけ突っ走っても周りがついてこれてなきゃ意味無いんだぞ。」と注意をされることもしばしばだったヤンキーグループが、この合宿でも先陣をとっていました。

オタクグループはいつもこのヤンキーグループの決定力と行動力に呆気をとられながらも、「どうせ自分達ではなにもできないから、やってくれる人がいるだけ有り難いと思ってやります。」と、黙ってついていっていましたが、日頃からこのヤンキーグループの“独壇場”に不満を募らせていたのが、ヤンキーでもオタクでもない、“中間層”の部員達でした。

と言うのも、元々はこの中間層がチームの中心核として統率をはかっていたのですが、ヤンキーグループの増員、拡大の後、次第にその実権をヤンキーグループに奪われて行ったと言う思いがあったのです。

そんな矢先の半田の加入もまた、中間層メンバーからすると快いものではなく、その矛先は時に監督へも向けられていました。

部室や教室でヤンキーグループや監督の悪口を言い、それに聞き耳を立てたヤンキーグループが「なにかあるなら直接言ってよ。」と近寄れば、何もなかったようにその場を退散する。そのようなシーンを私も何度も目にし、非常にストレッシブだったことを思い出します。

合宿中、2年対3年による紅白戦を監督が指示しました。監督は塁審に回り一切の指示・指揮はとらず、お互いが相手に勝つ為どのような結束、戦略を見せるか、客観的に見るのが主な狙いでした。

2年の学年キャプテンは越智でしたが、越智は敢えて2年生チームの指揮をとろうとはしませんでした。敢えて、自分の発言や意見は後回しにし、2年生全員での話し合いを重視し、自分は書記のような役割に徹しました。越智は合宿前に監督不在のミーティングで、こんな事を話していました。

ーこのチームはもっと話した方がいい。特に2年。直接物を言い合えない奴が多過ぎ。俺に言いたいことあるのに言わない奴もいるし、半田君達に言いたいことあるのに言わない奴もいるし、監督に言いたいことあるのに言わない奴もいる。顔見りゃわかる。こっちから「話そう」って言ってもすぐ逃げちゃう。監督や半田君達だって話してくれることを望んでる。「直接の監督批判はOK!」と監督だっていつも言ってる。それは「文句や不満があるならいつでも言ってこい」ってこと。言いたい相手が聞いてくれようとしているのに、それを無視されてしまうのでは、こちらもなにもしてあげられないし、変わってもあげられない。悪いところがあるならそれを少しでも変えようと努力するのが思いやりなら、悪いところがあるならそれを少しでも教えてあげようと努力することもまた思いやり。ー

この紅白戦をやる上で、越智は2年生達がどう変わっていけるかを見ようと思ったのではないかと、勝手に思いました。

しかし、展開は悪い方向へと動きました。話し合いはやはりヤンキーグループ中心で回り、中間層はしかめっ面をするだけでなにも言わず。話を振られればやっと意見をしていたオタクグループに比べても、その態度は女々しく、潔くないものでした。

試合が開始してからも態度は同じ。基本的に無気力プレー、ヤンキーグループの誰かが打席にいる時には声も出さず、攻撃中ベンチ内の選手全員がベンチのフェンス部分から体を乗り出して檄を飛ばす中、中間層メンバーだけはベンチの2列目の席に座ったまま足を組み、なにやらブツブツと不平不満を漏らしていました。

その態度に、さすがに堪忍袋の尾が切れたヤンキーグループの一人が突然怒鳴り、詰め寄りました。中間層メンバーも応酬し、殴り合いでも始まるかというタイミングで、数人のメンバーとコーチが止めに入り、なんとか最悪の事態は免れました。

結局この一件に関しては、「試合に真面目に臨まなかった奴らが先に悪い。」としながらも、「手を出す奴も同レベルだ。」と監督は見解を出し、喧嘩両成敗の形に。当該メンバーは合宿から帰され、チームが合宿から帰ってきた後数日間練習への参加も認めませんでした。

この事件をきっかけとして、よりこの2グループの関係は悪化。特に中間層メンバーの怒りは収まらず、チーム内で派閥の輪を広げ、ヤンキーグループを野球部から追放する計画まで立て始めました。

その中で、どのグループにも所属しておらず、半田を含めたヤンキーグループのメンバー数人とも仲の良かった越智を派閥に取り込むことで形成逆転を狙った中間層メンバーが越智をグループへ勧誘しましたが、これに越智は怒りました。

ー申し訳ないけど、俺そういう事やってる奴が一番嫌いなの。自分達でやってて「かっこ悪いなー」とか「男らしくないなー」って思えないの?そう思えない、まともな感覚を持ってない奴らとは気が合わないってことだろうから、他あたってよ。できれば野球部の外でやって欲しいけど。野球が楽しくなくなるからさ。ー

これを「野球部を辞めろ」というメッセージとして受け取った数人のメンバーが本当に野球部を辞め、その際周りの友人達に「越智に辞めさせられた」「越智がヤンキーに媚を売って、ヤンキーと仲悪かった俺達が辞めさせられるハメになった」「越智が日出野球部をめちゃくちゃにした」等と吹き込み、またも越智に事実なき噂がつきまとうこととなりました。

ー問題が稚拙過ぎて自分でも笑える。まぁでも昔からありもしない噂がつきまとうことはよくあったから、なんか今回も「また来たか」ってぐらいに受け止められてるよ。(笑) 俺だけのことならいいよ。これでまたチームの雰囲気も変わるだろうから、そっちへの期待の方が大きい。俺はとことん嫌われ者でいいです。ー


しかし・・・今こうして記憶とノートを読み起こしながら書いていても、思わず失笑してしまうぐらい馬鹿らしい話ですね・・・。書いてる私が恥ずかしいです。


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2年に上がった4月。近隣区の強豪校から、新しい仲間が加わりました。名前は半田。見た目は・・・見るからにヤンキー。

越智が転入し、入部してきた時と同様、ミーティングの冒頭に監督から紹介がありました。「今日からうちの一員になる奴を紹介する。・・・予定なんだが、そいつがまだ来ていない。」 監督のその言葉にややざわついたメンバー。数分後、勢い良く教室の扉が開くと、入ってきたのは金髪・腰パンに肌が綺麗に焼けた長身の男。「遅れましたー。すいませーん。」 圧倒された日出メンバーは、一様にポカーンとしていました。

あまりに皆が無反応だったあまり、半田もその空気に気付き、「あれ?ちょっとKYな感じになっちゃいました?」と言葉を続けたが、やはり無反応。監督が「まぁ座れ。」と促し、半田は越智の隣の席へと案内されました。

その日の練習。試合当日のメンバーや越智自身の怪我の具合次第でセカンドとショートを守り分けていた越智は、シートノックではいつもまずセカンドを守ってから、後半にショートを守る形を取っていましたが、この日は監督の指示により最初からショートのポジションに。この日が初参加の半田も、越智と共にショートにつけました。監督はこの意図について、「半田はあんな感じだから合う奴と合わない奴がいるだろ。お互いに。初めて入ってきた奴にとって、第一印象は大事。初日で溶け込めるも浮いてしまうも、最初の印象が全て。半田が浮かないためにも、周りが半田を怖がらないためにも、見た目や表面的な印象だけで人を判断しない越智と組ませることで、少しでも良い部分を引き出せる様に配慮した。」とマネージャー陣に説明してくださいました。

監督のその思惑はガッチリ嵌りました。ノックを受けながら、徐々に会話数が増えていく2人。普段練習中にあまり笑うことのない越智が声を出して笑う場面も見られるなど、ショートポジションは終始大いに盛り上がっていました。

ノック中の会話の中で、判明した2人のある“接点”があったようです。なんと、越智と半田はお互いがそれぞれ前の高校に在籍していた時、一度練習試合で会っていたそうなのです。

「教室に入って、一番最初に越智君の顔を見た時にピンと来た。『あの試合に出てた子だ!』って。チャンスがあったら確認しようと思ってたら、ノックで一緒に守れたから聞けた。『ねぇ去年一度会ったよね?○○高校だったよね?』って言ったら、『え?そうだけど、会ったっけ?どこで?え?』って言ってた。(笑)」

ーいきなり『去年会ったよね?』って言われてビックリした。(笑) いや俺お前みたいなメンズエッグに出てきそうな奴となんか会ったことねーよって。(笑) 明確に時期や場所を聞いて、確かにその試合に俺出てたし、その試合で俺がどのタイミングで出場して、どの打順で、どのポジションにいたかも言い当ててきたから、信じました。(笑) もちろん僕は半田君のことは覚えてない。こっちは半田君と違って自分のことでいっぱいいっぱいだったから相手の顔なんてこれっぽっちも見ていなかったし、見ていたとしても、その時と今じゃきっと全くの別人だろうからわからないよ。(笑)ー

ちなみにその試合で半田はサード、越智はショートを守っており、試合の方は半田の高校が圧勝したとのこと。半田は、ユニフォームのパンツに『越智』と手書きで書かれていたため、自分と同じ1年生なんだなと思い見ていたそうで、越智はその試合中、二度に渡り監督から怒られていたそう。それを半田から聞いた越智は、

ーよく覚えてんなぁ。(笑) 視野の広さと相手を見る余裕、そしてその記憶力、半分でいいから貰いたいよ。(笑)ー


練習後には早速半田と打ち解けた越智が他の部員とのパイプ役になり会話に花を咲かせる場面も見られ、練習前のミーティングでのあの空気は遠い昔のことだったよう。

「思った以上に打ち解けてくれた。これで半田も大丈夫だろう。しかし越智もカタブツに見えて、意外とあぁいう奴とも仲良くなれるんだな。いやーそれにしても俺の名采配だったな。うん。マネージャー、ちゃんと野球ノートに書いておけ!」

帰りの車で、監督もご満悦でした。


後に、越智と半田は二遊間コンビを組むこととなりました。今思えばこの日が、日出野球部の新時代が始まった日でした。



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秋の新人戦。新チームで早くもレギュラーの座をものにした越智が、日出のユニフォームを着てはじめて挑む、公式戦。初戦の相手は、過去の戦歴から見て格上の都立九段高校。練習試合も含めれば、過去5年間で0勝7敗1分という相性最悪の難敵。抽選会で九段高校とのマッチアップが決定した瞬間、キャプテンをはじめとするチームの誰もが、「不運」という表現を使い、現実を悲観していました。しかし、越智だけは終始全く意に介していませんでした。


 


―当然だけど、途中から来た俺には何の関係もないこと。はじめて見る敵だから、怖いもやりづらいもない。九段だろうが十段だろうが、気持ちは変わりませんよ。(笑)―


 


試合前に、そんな冗談も飛ばす余裕すらありました。


 


しかし、日出が持っていた“九段アレルギー”は越智の想像以上のもので、蓋を開ければ展開はやはり相手ペース。初回にいきなり先制を許すと、追加点も着実に取られ、7回を迎えた時点で1対6と、敗色濃厚な流れのまま、試合は進んでいました。


  


突破口を開いたのは、1番に抜擢された越智でした。サード強襲のヒットで出塁。このヒットを足がかりにして、打線が爆発。一気に4点を奪って1点差にし、尚も2アウト一・三塁のチャンスで、この回2度目の打席に立った越智の打球は、レフトポール際への大飛球。打球はレフトポールに直撃。劇的な逆転スリーランホームラン!!・・・となったはずが、何と判定は“フェンスダイレクト”。グルグルと回るはずだった三塁塁審の右手はグランドを指し示し、フェアを意味するジェスチャーをするだけでした。二塁ベース上に達した越智はレフトポールと日出ベンチを交互に見ながら苦笑い。明らかなる“誤審”に、日出ベンチからは、「ホームランだろー!!」「フェンスじゃなくてポールやろ!!」等と野次が飛びましたが、主審から注意が入った後は、黙るしかありませんでした。監督からも皮肉交じりに、「越智ー!!ナイスホームラーン!!」と声が飛びましたが、これにも当然、主審から厳重な注意が入りました。


 


越智のホームランは幻となり消えましたが、このタイムリーツーベースヒットにより、日出は遂に同点に追いつき、更に9回には1点の勝ち越し点を奪い、裏を抑えて見事逆転勝利。奇跡的1勝に、日出ベンチ・ギャラリーは沸き上がりました。


 


―勝ててよかった。自分達のために応援しに来てくれる人達がこんなにいて、自分達が勝つことでこんなに喜んでくれる人達がいて、そんな中で野球をやれるのは、本当に幸せなことだと思います。―


 


試合後に、噛み締めるように話していた姿が印象的でした。はじめて、この人の柔らかい表情を見たなと、思ったのを覚えています。


 


幻のホームランについても聞いてみると・・・


 


―ホームランだったよね?(笑) 走りながらだったけど、自分にもポールに当たったようにはっきり見えた。音も甲高かったし、ポールも揺れてたしね。けど、審判がホームランって言ってくれない限り、あのままホームまで悠々と走り続けたら、僕アウトになっちゃいますから。後のバッター達が打ってくれると信じて、二塁で止まるしかなかったです。現実、最後はこっちが点を取ることができたから、それが全てです。それで報われましたね。―


 


自分の記録には一切こだわらず、チームの勝利を喜び、安堵した表情を浮かべていました。


 


―自分よりベンチの皆の方が必死になって主張してくれていたのが嬉しかった。選手だけじゃなくて、監督まで一緒になってくれて。審判から怒られていたけどね。(笑) 今までいたチームではなかった光景。ましてや高校野球で、審判に野次飛ばすチームなんて有り得ないでしょ。(笑) 監督も選手も皆揃いも揃ってやんちゃなチームだけど、なんでもかんでもお利巧さんにやってりゃいいってもんでもないから。こういう高校野球チームも、イイネ。―




坊主を強制しない、“個性”を重んじる方針のチームの中で唯一頭を丸めて初戦に挑んだ越智は、ビールかけならぬポカリかけで初戦突破と九段相手の連敗ストップを祝うチームメート達を、輪に入らず遠巻きに眺めながら、「ここでは俺が一番不良。」と笑っていました。





日出高校に転入後、初めての練習試合。日出の部員として出る初めての試合。相手は、横浜創学館。


 


1番・ショートでのスタメン出場。


 


まだこの時はチーム内に越智への反発が蔓延っていました。


 


ー途中から知らない奴が入ってきて、しかもそいつが怪我人なのにも関わらず、いきなり試合に出してもらえるんじゃ、そういう声が挙がってもしょうがない。途中から入ってきた身としての宿命だと思っています。ー


 


冷静に受け止めていました。でも、


 


ー半端にやったらなにより監督に申し訳ない。監督が責められないためにも、精一杯やりたい。ー


 


先攻の第一打席。いつもなら先頭打者が打席に立つと全員で大いに盛り上がる日出ナインが、この日は誰一人声を出さず、拍手の1つも鳴らしませんでした。異様な静けさの中、日出での初打席に立ちました。


 


ーあんな雰囲気で打席に入るのは初めて。一塁側ベンチ(相手チームのベンチ)から、『えっ?なに?あいつ嫌われてんの?』って声が聞こえたよ(笑)ー


 


一度もバットを振ることなく迎えた2ボール・2ストライク。低めのストレートを捕らえました。痛烈なゴロが、ショートのグラブを弾きました。その打球に思わず日出ベンチ、そして相手ベンチさえもどよめきました。全力で走れずアウトにこそなりましたが、「ナイスバッティング!!」と、監督がハイタッチで出迎えました。


 


フォアボールを2つ挟んで迎えた第四打席目。またもストレートを捕らえました。今度は左中間を真っ二つ。日出での初ヒットは、この日のチーム初ヒットとなる2ベースでした。


 


試合は2安打完封負け。ミーティングで監督は言いました。


 


「いろんな思いや声があるだろうが、俺は今日のオーダーを組むにあたって1つも迷いはなかったし、終わった今も間違っていたとは思っていない。現に1人それをバットで証明してくれた奴がいる。それでも間違いだと思う奴がいるなら、この先間違えに変えてみせてみろ。そしたら土下座でもなんでもしてやる。」


 


初めての試合にして、チームをノーヒットノーランの危機から救うヒットを放った越智は、


 


「いいヒットが打てたね。でも、自分としては1打席目のショートゴロの方が嬉しかったよ。打席に立つまではまずバットにボールが当たるかどうかが不安だったし、いざ打って走り出す瞬間に、『あぁ俺野球をやってるなぁ』って、思えた。」


 


私は早くもこの時に確信しました。『この男ほど野球を好きな奴は、日出にいない。』


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越智の入部に際し、監督から部員全員への報告がありました。
 
「次の練習から新しい仲間が加わる。1年は知っていると思うが、今月の編入学試験で合格した越智という奴だ。」
 
越智はこのミーティングに出席していなかったため、監督の口から簡単な人物紹介があった後、大きな期待も語られました。
 
「前の高校ではかなり厳しい環境の中でやってきている。今まで俺達がやってきた練習に比べたら、相当厳しいものを積んできている。怪我もあり、ここに来ることにはなったが、彼の経験は必ずこの野球部にプラスになると考えている。途中からの参加だが、俺はそういう目では見ない。ずっとここでやってきた奴も彼も同じ。むしろ、彼の方が現時点でお前達よりも先にいってる部分、上をいってる部分、リードしている部分があるかも知れない。レギュラーに関しては全員がフラットだということを今一度自覚して欲しい。」
 
只の新入部員紹介かと気楽に聞いていた部員達の表情は一気にこわばり、緊張感が張り詰めました。唐突に監督の口から飛び出したレギュラー白色宣言。これに、一部のメンバーが反発しました。
 
「なぜ越智って奴一人が入るだけで俺達のレギュラーまでチャラにされなきゃいけないのか。」
 
反発したのは一部の1年生部員。日出野球部は、チームとしてのレギュラーの他に、1年生から3年生まで全ての学年ごとにレギュラーチームが組まれていました。チーム全体としてのレギュラーチームは3年生を中心に組まれていたものの、1年生メンバーも自分達の学年のレギュラーチームに入ることをまず最初の目標とし、火花を散らしていました。
 
休日には群れをなして渋谷や原宿を練り歩くヤンキーグループと、野球以外の時間はアニメや漫画などの趣味に費やすオタクグループの2グループにより構成されていた1年生メンバー。監督・コーチのみならず、学校の教職員さん全員が、「今年の野球部の1年生は本当に両極端で、個性的なメンバーが集まったね。」と口を揃えて笑うほど、その顔ぶれは独特でした。その1年生メンバーの中で、ヤンキーグループの数人が、越智の入部を煙たがりました。
 
又、時間の経過と共に、ある疑惑まで独り歩きし始めました。
 
「越智の日出入学は編入学試験を受ける前にあらかじめ決まっていた。元々越智は高校受験の際に3つの私立高校の野球部の練習に参加しており、その3つの高校とは一般推薦での受験という体裁を取りながら、裏では実質野球推薦という形での入学が約束されていた。その3つの内の1つが日出。結局日出は断って他の高校に入った癖に、その高校で挫折したら今度は日出に来た。日出も日出で、監督が体験に来てた時から越智を気に入ってたから、実際はほとんど試験なんて受けてないのに、他の合格者と並べて越智を入学させた。もちろん野球部への入部も入学と同時に決まっていた話で、それはレギュラーも同時に確約されたものと一緒。全て出来レース。どんなに頑張っても、越智からレギュラーを奪うことはできない。」
 
この噂は瞬く間に学年中に広がりました。又、噂の出処が日出に野球推薦で入学した部員だったこともあり、「一緒に体験に参加してたから俺は知ってる。」という言葉と共に噂が流されていたため、なにも知らない部員、生徒にとっては非常に信憑性の高いものでした。
 
しかし、実際にはこんな事実はありませんでした。
 
―日出に受験しようとしていた事実はないですね。というか、失礼ながら、前の高校を辞めて編入学先の学校を探し出すまでは、日出高校という学校の存在すら存じ上げませんでした。元々僕は都立志望で、私立高校に関してはほとんど下調べをしておらず、前の私立高校に入ったのも、たまたま野球でのご縁があったから。都立2校と前の私立高校1校の三択で、最後まで悩んでいました。日出とは中学生の段階ではそういうご縁もなかったので、一度も受験を考えたことはありませんでした。―
 
理解に歩み寄っていた1年生メンバーに対し越智はそのように説明していましたが、噂というのは広まってしまってからでは遅いもので、それを信じ込んで、越智の言葉には一切耳を傾けない生徒がたくさんいました。野球部内にとどまらず、クラス等でもその噂は歩き回り、入学早々越智の評判は悪いものとなってしまいました。
 
事実無根の噂1つで肝心な学園生活の出端を挫かれてしまった越智。「かわいそうに・・・」という思いで見つめることしかできなかった自分自身を情けなく思います。
 
 
しかし何故お前がその噂を事実無根だと言い切れるのかって?それは言い切れますとも。だって、私も中学生時代日出の体験練習に参加していた1人なのですから。