そして、この大会で日出には、優勝の他にもう1つ達成したい目標がありました。それは、長年のライバル校であるK高校との試合に勝利することでした。練習試合もよく組まれ、公式戦でもなぜか毎回のように当たることになる相手。通算対戦成績こそは、拮抗しているものの、最近の試合では負けが込んでおり、日出が準優勝に終わったリーグ戦でも、2試合に戦い2連敗。この2敗が両チームの命運を分け、結果K高校は優勝を果たしました。
さらに、ある日の練習試合の際には、試合前にウォーミングアップでランニングをしていた日出部員達に対して、K高校の部員数人が「社会不適合者集団」と揶揄。その試合でK高校が併殺崩しの際に二塁手の越智に必要以上のスライディングを見舞ったことで、あわや乱闘寸前の状況となり、試合は予定されていたイニングの半分も進まない内に打ち切られる事態を起こしていました。
この試合を境に、両校は単なるライバル関係を超え、“因縁の相手”として意識し合う関係となりました。
この2デイトーナメントにも、K高校はエントリー。抽選の結果、初日の組み合わせこそ一番遠い山となりましたが、お互いが勝ち上がれば、2日目の大事な山場で当たる可能性が大いにある形となりました。
「もし当たったら絶対に叩き潰す」といつも以上に気合が漲る日出ナインの中で、越智ただ1人は冷静でした。
ー感情でやるといいことない。向こうが幼いならこっちは大人になるべき。喧嘩をしたいならとことん因縁を楽しむ感じでやればいいが、野球をして野球で勝ちたいなら、相手がどこであろうと同じ準備をして同じ心構えで同じ野球をやるに尽きる。ー
燃え上がるチームにあえて水を注ぐようなコメントをした越智も、「絶対に勝ちたい」という思いは同じでした。
2デイトーナメント開幕。初日を見事下馬評通りに全勝で飾り、2日目の決勝トーナメントへ進出。対するK高校も、リーグ戦優勝校としての意地を見せ、日出同様無傷のまま2日目に駒を進めました。
そして、初日の全試合を終えた夜に行われた2日目の組み合わせ抽選会。なんの因縁か、日出とK高校が当たるのは、決勝の舞台という形に決まりました。
優勝するため、ライバルを倒すため、2日目も勝ち進みました。そして、辿り着いた決勝の舞台。そこにはしっかりK高校が待ち構えていました。
ー自分達の野球をやるだけな。それだけでいい。気張らないようにしよう。頑張ろう。ー
試合前の円陣でいつも以上に部員達を宥めるような口調で話した越智。部員達の目に色も、マネージャーとして見ていてこの日が一番というぐらい、ギラギラしていました。
試合はもつれて7回を迎えた時点で5対6とK高校リード。互いに守備の乱れもなく、締まった打撃戦が展開されていました。
7回に日出が同点に追いつきます。しかし8回にまたリードを許し、9回にさらに追加点を許し6対8。迎えた9回裏、下位打線がフォアボールとヒットでチャンスを作り、1アウト・ランナー2塁3塁。打席には、1番の越智が立ちました。待球型の越智はこのプレッシャーがかかる打席でも冷静に、らしさを失わずじっくり球を見極め、好きな球や狙い玉を絞り、待っていました。ファウルで逃げながらカウントを作り、2ストライク・2ボール。インコース低めが好きで、アウトコース高めが苦手な越智は、幾度の対戦で自分のことを知り尽くしたK高校バッテリーを相手に、「必ず最後は苦手なところを突いてくるはず」と読んでいました。その読み通りに投げ込まれたアウトコース高めへの直球を、ライト線へ痛烈なライナーを弾き返しました。しかし、素晴らしいポジショニングを敷いていた右翼手が横っ飛びでダイビングキャッチ。追い込まれた後にはライト方向へ流してくる越智の特徴を、こちらも読まれていました。これが犠牲フライにはなったものの、抜けていれば一気に同点かつサヨナラのチャンスを作れていただけに、日出ギャラリーからは落胆の声が漏れました。2アウト・ランナー2塁。まだ諦める状況じゃないとベンチからは精一杯の声が飛びましたが、一度相手に渡った流れは日出には戻らず、続く打者の放った打球がまたも遊撃手のダイビングキャッチに阻まれ、ゲームセット。
「いいところまで来て、相手はライバル校で、いつもの負けの何倍も何十倍も悔しさはあるが、お前らはここまでよく頑張った。ここまで勝ってこられたのはお前らのお陰。今日負けたのは俺の責任。お前らはなにも悪くなかった。俺一人が悪い。だからお前らは胸張って家帰って、明日からの学校生活に練習に、また気持ち新たに前を向いて頑張ってくれ」
敗軍の将は、兵達を褒め称えました。しかし、これに越智は黙っていられませんでした。
ー監督は今、俺が悪いと言っていたけど、俺達の中に一人でも本当にそう思ってる奴がいたり、その言葉に甘える奴がいたら、一生あのチームには勝てないと思う。当然今日の負けだって俺達が悪い。監督のサイン通り、思い描いた通りにみんながやれていたら勝ててた試合だから。それを大事な場面でできなかった俺は、この中でも一番悪い。みんな申し訳ない。本当はもっと言いたいことあるけど、応援の先生やご家族もいるから、また明日話します。とにかく今日は悔しい試合でした。ー
そう言って再び地面に腰を降ろすと、そのまま越智は下を見つめたまま、動かなくなりました。部員達が着替えをし始める中、越智だけはずっと体育座りのまま、うつむいていました。よくよく見てみると、肩が小刻みに震えています。越智に差し入れのスポーツドリンクを渡しに行った女子マネージャーに、様子を聞いてみました。
「泣いてる。かなり。」
越智が泣く姿など、それまで誰も見たことはありませんでした。なかなか顔を上げない越智に、誰も声をかけることはできませんでした。
結局、それから1時間ほどずっと泣き続けた越智。いつもなら試合が終わった後は仲の良い者同士でバラバラに帰路につく部員達も、この日は越智が顔を上げ、着替え終わるまで誰一人帰ることなく、越智を待っていました。
半田が全員の想いを代弁してくれました。
「負けて悔しかったけど、正直、どこかで言い訳してる自分がいた。どこかで『自分のせいじゃないし』とか、『まだ最後なわけじゃないし』って逃げ道を作っていた。この1つの試合に対して、越智君ほど向き合えてなかったんだと思う。監督のせいでも、越智君のせいでもない。泣けるほどまっすぐに挑めなかった自分達のせい。笑うときも泣くときも、みんな一緒のチームにしたい。」
キャプテンの涙からチームは変わりました。“バラバラ感”みたいなものが売りの1つでもあったチームは、見違える程協調性や和を重んじた雰囲気に変わりました。
ある日の練習前の声出しで、半田が言いました。
「社会不適合者は社会不適合者らしく泥臭くガムシャラにやりましょう!そして、必ず優勝しましょう!監督を男にするぞーーー!!」
あくまでも目標は大会で優勝するということ。優勝するということはつまり、あのチームにも勝つということ。
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