日出高校の編入試験に合格を果たし迎えたはじめての登校日を終え、帰ろうとしている越智を、担任の先生が呼び止めました。「越智君にぜひ会ってもらいたい先生がいる。」そう言われたそうです。
案内され、通された部屋の中には一人の男の先生がいました。その人は、野球部の監督。これが、はじめての対面でした。
担任から野球部の監督だと紹介はされたものの、なぜ会わされたのか訳もわからないまま、「こんにちは。はじめまして。」と挨拶した越智。席に座るよう促され、指示されるがままに着席すると、担任がこの面会に至った理由と経緯を話し出したそうです。
その中身を要約すれば・・・
この時日出野球部は、学校経営上の都合により野球部専用だったグランドを売りに出されてしまったばかりで、毎日自由に使用することが可能だった場所を失い、それまでは週6日のペースでできていた活動時間も半分近くまで減少し、それにより部員の士気も低下。何よりも学校側から何の相談や事前通達もなくある日突然売りさばかれ、事後報告で済まされてしまったことへの怒りと無念さから、監督自身の心も深く傷付いている状況だということ。そして、編入試験受験の際に前校から受け取った調査書の中の部活動の欄に「野球部」と書かれており、さらに編入試験の提出課題の一つであった作文の中にも野球への想いが綴られていたことを覚えていた担任が、『このタイミングで野球への熱い情熱がある生徒がこの学校へ来たことは何かの運命』と感じ、「どうか野球部に入って活気を与えてあげてくれないか」と、越智へ懇願するため、監督も交えたこの場を設けたということ。
しかし、越智の中には日出で野球をやるという気持ちはこれっぽっちもありませんでした。
―前の学校を辞めた時にそれは決めていた。“もう野球はやらない”と。これまでの自分は野球しかなかったし、野球がない生活は考えられなかった。高校に入るまでろくに硬球を投げたこともなかったし、『好き』なだけで『得意』なスポーツではなかったけど、なんとかこれから上手くなって、いつかはプロ野球選手になりたいと思って前の高校にも入った。でももうそれは無理になった。足は痛いけど、そのせいじゃない。それ以外の面を含めて考えても、もう今の自分にその夢を追っていく余力はないなと思った。もちろん気持ちの面も含めて。野球が一番の親友で野球が恋人だった自分はもう昔話。野球は今でも好きだけど、野球をやめることに対する残念さはなかった。むしろ、『嫌いになる前にやめられてよかった』と思っていた。だから、もう今後は絶対に野球はやらないと、決めてここへ来た。―
後にそう部員全員の前で話した越智は、その時も担任と監督に対し、同じように強く話したそうです。
ただ、担任は一歩も引きませんでした。「それだけ野球が大好きなのだから、この若さでやめちゃうのはもったいないよ。環境が変われば当然周りの人も変わるし、そうすれば越智君の中で眠ってしまった気持ちだってまた起こされるはず。そして、越智君のその野球への想いで、落ち込んでいる監督やチームの皆を元気付けて欲しい。」
その熱意に心が揺れた越智が次にふと監督の方へ目をやると、監督の目には涙が滲んでいたそうです。
―びっくりしました。部屋に入って、はじめてお会いした瞬間に元気がないのはわかりましたが、その涙を見た時により本当に辛い毎日を過ごされてきたんだろうなぁということがわかりました。その時に、この監督の力になりたいという気持ちが少し沸いたのは間違いありません。―
面会の最後に、「家に持ち帰って、ゆっくり考えてきてください。」と担任から頭を下げられ、それに対して「わかりました。考えてきます。」と頭を下げ返した越智に、監督が言ったそうです。「待ってるぞ。日出には、お前の力が必要だ。」
越智は、この時はただ黙って頭を下げるにとどめたものの、実はこの言葉を聞いたその瞬間野球部への入部を決めていたそうです。
越智の新しい野球人生が始まりました。