長らく公の場で話すことはありませんでしたが、ちょっとづつ、書きとめてゆこうと思う様になりました。
血を分けた きょうだい。
そんな言葉が どこからともなく聞こえて来ました。
そうか、そうだ。私はお姉ちゃんと同じ血が流れているんだった。
この30年、その言葉は一般的に飛び交っていたと思います。ですが、耳に入って来ませんでした。いや、入って来ていたかもしれませんが、聞かないふりをしていたのでしょう、きっと。耳から入って来ても、その言葉が残るのは、喉の奥の辺り。若しくは、喉と心臓の辺り。重くて苦しい残り方。姉にまつわること・ものは、どんな些細なことでも苦しく、敏感に反応しました。意図がなくても勝手に反応しました。
血を分けた きょうだい。
当時と同じ言葉の筈ですが、耳から入ってスッーと耳から抜けて行きました。そして、「お姉ちゃんとお揃いがまだあったんだ」と、嬉しさが残りました。
時が解決はしないけれど、時の経過とは、こうした変化がもらえる事なのかな。などとしみじみ思うのでした。