最近大川総裁を見習って、映画をたくさん見るようにしている水落悠樹です。もとから映画好きなのですが、大学生になってからゆっくりみる時間がなかったので、地元に帰って暇な時期にうちににある大型テレビでひたすら観賞しています。この十日間ですでに二十本も見ています。その中で僕の印象に残った作品を紹介します。
まず、最近話題となった松たか子主演の「告白」
娘を自分が受け持っているクラスの生徒に殺された先生が、その生徒に復讐をするという話で、いじめが横行するクラスや奇妙なカルトを信じる少女や発狂する少年やら、自分が認められたいが故に殺人を犯す少年などを生生しく描いていました。特に気になったのが、幼い頃から親に機械を分解する作業をひたすら教え込まれていた理系の才能がある生徒が、人を殺しバラバラにするのを、まるで機械を分解でもするかのように平然と行っている姿でした。
サカキバラ事件も同じように人間をロボットやなにかのようにしてバラバラにした事件ですか、同じようなものを感じますね。この事件の原因を「受験戦争や様々な規制がある閉鎖的な学校のせいだ」と断言していた学者や評論家がいたそうですが、ほんとにそうなのか疑問に思います。やはり、ストレートに「なぜ、何故に人を殺してはいけないのか?」をしっかり教えなかったところに原因があると思います。「周りの人(家族や友人)を悲しませないため」という考えもありますが、「そもそも人間の命それ自体に何の価値があるのか」という根源的な疑問に答えられていません。ここはやはり唯物的な考えでは答えが出ません。
この答えは幸福の科学では「まず人間は物質的な存在ではなく、霊的存在であり、肉体は着ぐるみに過ぎず人間の本質は魂である。その魂は死んでも消えずにあの世で生き続け、時が来ればまたこの世に生まれ変わってくる永遠の生命である。この転生輪廻を繰り返すなかで、それぞれの魂が様々な経験を積み、魂を磨き成長してゆくのである。
また、人間は神や仏から分かれた存在で、神の子仏の子として最も尊い存在である。なぜなら人間の知性は他の動物と違い統覚(五感目のすべて)を駆使しながら、目には見えない概念や存在(神やあの世の存在、善や愛や正義)を信ずることができるからである。
故に、もし神から与えられた尊い人間の命を奪い、またこの世での魂修行を妨げるようなことをしたならば、神の道理に反することであるので、殺人はしてはいけない。」
しかし、今の中学生や高校生に「神やあの世」などという言葉は馴染みがなく、受け入れられないことがあると思います。また、ちょっとインテリぶって最近流行りのニーチェのように「マヤ文明で生贄が尊い儀式だったことから人殺しもひとつの文化だ」などという価値相対主義的な考えに染まってしまったら、ほんとに人殺しも正当化できてしまいます。だから、できる限りこのような根源的な宗教的な教えは素直な心をもった幼い時期にしっかり教えてあげる必要があると思います。ただ「人の命は神様から頂いた尊いものだと。だから、粗末に扱ってはいけません」と。