バリアアリー
「バリアアリー」というお話です。
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鍛えれば鍛えるほど強くなり、庇(かば)えば庇うほど弱くなる。
山口県の老人介護施設「夢のみずうみ村」の介護方針は、マイナスの介護だそうだ。バリアフリーでなくバリアアリーという発想がおもしろい。
つまりバリア(障害)をわざわざつくることによって、老人の要介護度をどんどん下げているのだ。手すりを途中でなくしたり、段差をわざとつくったり、そして食堂に行くまでに、遠回りして歩いて行かないといけない状態をつくりだしている。しかも遊び心をそそるため2階渡り廊下へ通じる階段を青春階段と呼ぶとか、若さをイメージさせるネーミングをしている。
傑作は施設内通貨ユーメだ。(ユーロをもじっているところがおもしろい)この通貨、つまりお金はリハビリをすることなどによって入手できる。
おのおののメニューによって獲得できる金額が違うのだ。
単純な動作の繰り返しであるリハビリをするのはつらくまたおもしろくない。
しかし、やればやるほどお金が貯まるとなるとこれはやる気になる。
よく考えたものだ。しかもユーメ銀行があり、預金引き出しが自由にできるのだ。お金を数えることによってこれまた頭を使うことになる。
そしてそのお金で、コーヒーやおやつを購入したり、カラオケで支払いしたり、料理教室とか陶芸教室に参加したりと、まるで普通のお金のようなことができ、現実社会がそのまま施設内で再現されている。
圧巻はカジノだ。貯めたお金の札束を手に持ち、勝負に興じる利用者達の姿は、まるでわれわれがカジノを興じている姿と何ら変わらない。
勝った負けたで大興奮。まさに最高の脳トレーニングである。
数年前、新幹線の車内雑誌ウェッジにこんな記事が載っていた。
記憶によっているので数字は確かでないがこんな話だ。
条件が類似している地域を比較したある大学の先生による調査である。
かたや愛媛県、もうひとつは大分県、どちらも辺境の地であり、人口構成もまた平均年齢もよく似た地域。確か人口が双方共1000人前後、平均年齢が70歳前半。その地域が10年後どうなったかという話である。
愛媛の方は、そのまま時が流れ住民達も昔からの農業をもくもくと続けている。いっぽう大分の集落では、ダムができて補助金が入り、そのおかげで近代的な病院や介護施設ができた。
その結果どうなったかというと、時代に取り残された愛媛の集落の人達は、ほとんど寝たきりはなくピンピンしていたにも関わらず、大分の集落の人は、7、8割の人が要介護となっていたそうだ。
私達は、人権、弱者救済、福祉というお題目の元、あまりに庇いすぎ、甘やかされて、その結果、お金がいくらあっても足りない現実をつくり出して来たようだ。本来の命の強さ逞しさに、もう一度信頼をおいて、自立ということを見直す時が来ている。
見山敏
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このお話を読んで、雇用保険の給付を受けるために、あえて、働かず、パチンコ店で、暇つぶししている人の話を思い出しました。
本来の社会保障の在り方は、生活を保護することではなく、自立を支援する姿勢が大切なんだと改めて痛感しました。
心の時代といわれて久しいですが、ここでも、お金をばらまけばいい、という発想ではなく、自立の心を育てる「心の支援」が必要なんですね。
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鍛えれば鍛えるほど強くなり、庇(かば)えば庇うほど弱くなる。
山口県の老人介護施設「夢のみずうみ村」の介護方針は、マイナスの介護だそうだ。バリアフリーでなくバリアアリーという発想がおもしろい。
つまりバリア(障害)をわざわざつくることによって、老人の要介護度をどんどん下げているのだ。手すりを途中でなくしたり、段差をわざとつくったり、そして食堂に行くまでに、遠回りして歩いて行かないといけない状態をつくりだしている。しかも遊び心をそそるため2階渡り廊下へ通じる階段を青春階段と呼ぶとか、若さをイメージさせるネーミングをしている。
傑作は施設内通貨ユーメだ。(ユーロをもじっているところがおもしろい)この通貨、つまりお金はリハビリをすることなどによって入手できる。
おのおののメニューによって獲得できる金額が違うのだ。
単純な動作の繰り返しであるリハビリをするのはつらくまたおもしろくない。
しかし、やればやるほどお金が貯まるとなるとこれはやる気になる。
よく考えたものだ。しかもユーメ銀行があり、預金引き出しが自由にできるのだ。お金を数えることによってこれまた頭を使うことになる。
そしてそのお金で、コーヒーやおやつを購入したり、カラオケで支払いしたり、料理教室とか陶芸教室に参加したりと、まるで普通のお金のようなことができ、現実社会がそのまま施設内で再現されている。
圧巻はカジノだ。貯めたお金の札束を手に持ち、勝負に興じる利用者達の姿は、まるでわれわれがカジノを興じている姿と何ら変わらない。
勝った負けたで大興奮。まさに最高の脳トレーニングである。
数年前、新幹線の車内雑誌ウェッジにこんな記事が載っていた。
記憶によっているので数字は確かでないがこんな話だ。
条件が類似している地域を比較したある大学の先生による調査である。
かたや愛媛県、もうひとつは大分県、どちらも辺境の地であり、人口構成もまた平均年齢もよく似た地域。確か人口が双方共1000人前後、平均年齢が70歳前半。その地域が10年後どうなったかという話である。
愛媛の方は、そのまま時が流れ住民達も昔からの農業をもくもくと続けている。いっぽう大分の集落では、ダムができて補助金が入り、そのおかげで近代的な病院や介護施設ができた。
その結果どうなったかというと、時代に取り残された愛媛の集落の人達は、ほとんど寝たきりはなくピンピンしていたにも関わらず、大分の集落の人は、7、8割の人が要介護となっていたそうだ。
私達は、人権、弱者救済、福祉というお題目の元、あまりに庇いすぎ、甘やかされて、その結果、お金がいくらあっても足りない現実をつくり出して来たようだ。本来の命の強さ逞しさに、もう一度信頼をおいて、自立ということを見直す時が来ている。
見山敏
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このお話を読んで、雇用保険の給付を受けるために、あえて、働かず、パチンコ店で、暇つぶししている人の話を思い出しました。
本来の社会保障の在り方は、生活を保護することではなく、自立を支援する姿勢が大切なんだと改めて痛感しました。
心の時代といわれて久しいですが、ここでも、お金をばらまけばいい、という発想ではなく、自立の心を育てる「心の支援」が必要なんですね。