人生の"こく"
「人生の"こく"」というお話です。
----------↓
ひろさちや氏の心に響く言葉より…
若い時は二度ない…と言う。
だから、若い時代を大事にせよ、といった意味である。
なるほど、その通りである。
たしかに若い時は一度しかないが、中年だって、老年だって一度しかないのである。
われわれは若い時代を大事にすべきであるが、同様に中年を大事にすべきであるし、老年を大事にしなければならない。
若い時代だけを特別視する必要はないのである。
わたし自身はもうすでに73歳。
古希はとっくに過ぎた。
だから、ひがんで言っているのではない。
わたしは、老年には老年のよさがあると思っている。
若いころには味わえなかった人生の喜びと悲しみを、しみじみと噛みしめている最近である。
人生のそれぞれの段階には、それぞれに違った人生の「こく」がある。
わたしはそう思っている。
わたしたちは、それぞれの段階に特有な人生の喜びと悲しみを味わいながら生きたい。
にもかかわらず、どうして若い時代だけが特別視されるのか?
私には不思議である。
思うに、人々は若い時代を準備段階と考えているようだ。
若い時にしっかりと学問や体験の蓄積をしておかないと、後になって困る。
だから、若いうちから遊びほうけてはいけない。
と、そんな忠告は、若者に自制と禁欲を呼びかけているのである。
でも、わたしは、それはまちがいだと思う。
若い時代に特有の人生の喜び・悲しみを体験しておかないと、中年や老年になって、その段階での人生の喜び・悲しみが味わえない。
若い時代は決して準備段階ではない。
若者はそのことを銘記すべきである。
『のんびり生きて 気楽に死のう』PHP研究所
----------↑
どの年代でも、それぞれにその年代にふさわしい人生の"こく"がある。というお話しは、興味深かったです。
若い時だからこそ、やれることもあるし、その時しか味わえない人生の"こく"があるというわけです。
全ての人が、今、現在の年代を、その"こく"を味わいながら、生きていけたら、そういう心を持っていたら、幸せだろうなぁ~って、思います。
----------↓
ひろさちや氏の心に響く言葉より…
若い時は二度ない…と言う。
だから、若い時代を大事にせよ、といった意味である。
なるほど、その通りである。
たしかに若い時は一度しかないが、中年だって、老年だって一度しかないのである。
われわれは若い時代を大事にすべきであるが、同様に中年を大事にすべきであるし、老年を大事にしなければならない。
若い時代だけを特別視する必要はないのである。
わたし自身はもうすでに73歳。
古希はとっくに過ぎた。
だから、ひがんで言っているのではない。
わたしは、老年には老年のよさがあると思っている。
若いころには味わえなかった人生の喜びと悲しみを、しみじみと噛みしめている最近である。
人生のそれぞれの段階には、それぞれに違った人生の「こく」がある。
わたしはそう思っている。
わたしたちは、それぞれの段階に特有な人生の喜びと悲しみを味わいながら生きたい。
にもかかわらず、どうして若い時代だけが特別視されるのか?
私には不思議である。
思うに、人々は若い時代を準備段階と考えているようだ。
若い時にしっかりと学問や体験の蓄積をしておかないと、後になって困る。
だから、若いうちから遊びほうけてはいけない。
と、そんな忠告は、若者に自制と禁欲を呼びかけているのである。
でも、わたしは、それはまちがいだと思う。
若い時代に特有の人生の喜び・悲しみを体験しておかないと、中年や老年になって、その段階での人生の喜び・悲しみが味わえない。
若い時代は決して準備段階ではない。
若者はそのことを銘記すべきである。
『のんびり生きて 気楽に死のう』PHP研究所
----------↑
どの年代でも、それぞれにその年代にふさわしい人生の"こく"がある。というお話しは、興味深かったです。
若い時だからこそ、やれることもあるし、その時しか味わえない人生の"こく"があるというわけです。
全ての人が、今、現在の年代を、その"こく"を味わいながら、生きていけたら、そういう心を持っていたら、幸せだろうなぁ~って、思います。