使命とは、自らの命を使うこと!? | 健康幸せ活き活き習慣

使命とは、自らの命を使うこと!?

生き物の「使命」って何でしょうか?

人間に限らず、動物や植物など、命あるものの使命とは、何なのか、を考えていて、下記のサイトに出会いました。

サイト『「志」と「使命感」について考える(村野)

このサイトに記載されている内容は、とてもすばらしい洞察力と深い知見で書かれていて、私はとても共感を覚えましたので、全文を下記にそのまま引用させていただきます。

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最近、幹部研修や管理職研修の中で、よく話題にする言葉に

「使命感」と「志」という言葉があります。

この2つの言葉、辞書で調べてみると

◆使命感 自分に課せられた任務を果たそうとする気概。
◆志    ある方向を目ざす気持ち。心に思い決めた目的や目標。

       心の持ち方。信念。志操。

以上のように解説されています(goo辞書より)。

非常に奥が深い言葉です。
考えれば考えるほど、袋小路に入りこみそうです。

この「使命感」という言葉の意味を考える際に、「命」というものを考えて
みるわけですが、私の「命」は、そもそもどこからやってきたのか・・・

私の命が存在するためには、私の父と母の存在が不可欠であり、
私の父と母が存在するためには、それぞれの父と母、つまり私の祖父母の
存在が不可欠であり、その祖父母の存在は、またその父と母の存在が・・・

こんなことを突き詰めていくと、今の私の存在は、過去何百年、何千年、
何万年と、遠いかなたの祖先の誰一人かけてもなしえないわけであり、
まさに私の命は代々受け継がれてきた貴重な命なんだな。と。

加えて、私の命は、私が自分の手で作り上げたものではなく、様々な縁に
よって授かったものなんだなぁ、と。

そう考えるならば、私個人の命だと思うのは、私の「エゴ」でしかなく、もっと
もっと大局的な見地に立って、自分の命というものを考えなければならないな、
と思うのです。

「自らの命を使う」という言葉にあるように、私は、与えられ、授かった命を、
どのように使うのか、使い切るのか、これこそが「使命」なんだろうな、と感じて
います。

決してどこかの宗教の受け売りとかではなく、純粋にそう感じるのです。

NHKの大河ドラマで大ヒットしている「龍馬伝」では、
「この世に生まれたからには、己の命を使い切らんといかん。」
と、児玉清演ずる父坂本八平が、龍馬に語っています。
これは、まさに使命感のことですね。

私の愛読書「月間 致知」の10月号では、アメリカで活躍しているエンター
ティナーの神田瀧夢氏が、執行草舟氏の言葉を引用していますが

「志とは、そのゆえに死することである。」
「志という字は士の心と書く。つまり、武士の心である。命よりも名を惜しむ。
 武士は自分の家を守ることが一番の誉れの高いことであり、家を守るとは、
 主君の馬前で敵の槍に討たれて死ぬことだった。」

と紹介しています。なんとも、志という言葉は重い。すさまじい。


そして、私の師匠は、使命について、こんな風によくいっていました。

「使命とは、命のその先にあるものである。」と。

私なりの解釈は、自分の「命」の範囲で何かを実現しようとすると、そこには
限界が生じる。自分の命のさらにその先にあるものを目指すことこそが、
本当の意味での「使命」であり、死してなお、その想いが受け継がれることを
目指すことが、本当の意味での「使命感」なんだろうな、と。


まだまだ、その境地に到達することはできていません。
しかし、自分の“使命”は何か、いつも自問自答しながら生きています。
小さいことにくよくよしたり、小さなことにこだわる自分に気づくたびに、
「お前の使命はなんぞや!」と、自分に叱咤激励しています。

崇高な使命と、高い志をもって、この命を全うしたいと強く願って。


皆さんも「使命」に気づかれ、「志」高く過ごされますように。

(F.Murano)
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すばらしいお考えだと思います。

健康で幸せな人生を送りたいと願う人々は、きっと、このように、
自分が生まれてきた意味とは何か?
自分の使命とは何か?
について、一度は考えてみる必要があるのではないかと感じました。

この質問の答えが何かが分かれば、きのうお話したように、素直に自分を愛し、他人も愛することができるのではないでしょうか。

幸せって、その人の心で感じるもので、決してお金では買えないものですから…