最近、幾つもの児童虐待が大きなニュースになっている。PTA会長が顔見知りの児童を殺しちゃったり、再婚相手ならまだしも、血の通った父親が娘を殺しちゃったりするから、世の中もう何を信じればいいのかわからない。

児童虐待というのは、親子の歪な関係と見る向きもあるが、私はそれは単純すぎると思う。

根はもっと深いところにある。誤解を恐れずにいうなら、日本人は暴力に鈍感だ。「巨人の星」の星一徹を見ればわかるように、親父が酔っ払って家族に暴言を吐き、DVをするのは、そんなに悪いことじゃないと、ずっと長いこと思われてきた(フシがある)。

私は若い頃学生結婚をしたのだが、4歳上の亭主が癇癪持ちで、DVやモラハラがひどかった。「お前が欲しくもない子供を産んだから嫌になった」とか、わけわからんことを言って殴られた。帰宅しないことをなじったら、お岩さんのようになるまで顔面を殴られた。隣に住んでいた私の親が抗議したら、親の家の窓ガラスに石を投げ込んで、警察が来た。

基地外である。旦那の母親に訴えたら、「あの子は本当に怒りっぽいわねー」

いやいや、怒りっぽいのボーダー超えてるから。犯罪だってば。彼女は息子がDVを繰り返していることを認識しないまま、逝った。初めて付き合った男だったし、好きになった男だったので、子供が大人になるまで一緒にいたが、最終的には別れた。

犬だって死ぬほど殴られたら、そいつには近づかないだろう。愛情も磨耗していくのだと知った。

離婚するときは作戦が必要だった。ただ単に別れたいと言っても「自分は絶対変わるから、見ていてくれ」とか一見前向きなことを言われて煙に巻かれる。結婚当時、どんなに頼んでも身につけてくれず、わざとなくされた結婚指輪を「もう一度買ってくれ」と言われ、大枚叩いて「再構築のために」買わされたが、その頃は心が冷え切っていたので、イラっとした。

後になって我に帰ると、なんでこんな(に性格が悪い)やつと一緒になったのだろう、と思うのだが、当時は本当に何もわかっていなかった。タバコは吸うわ、生活は超不規則(36時間周期で生活している)だわ(当然家事育児は完全放棄)、健康にいいことなんか何もしないわで、やつは60歳そこそこで心筋梗塞を起こした。義理で見舞いに行ったら、涙を浮かべられたが、ウザイだけだった。

話が逸れてしまったが、要は、児童虐待の前に男の家庭内暴力の容認が真の理由として潜んでいるってことを言いたかったのだ。

心愛ちゃんのケースもまさにそれで、まず母親に対するDVがひどかったときく。それで沖縄で一回離婚しているのだという。親が見かねたのだろう。それなのにどんな理由かしらないが、腰抜けな娘はまたあの、笑顔という仮面を被った狼のところにもどってしまった。そして最悪なことに利発な孫娘は殺されてしまった。祖父母はどんな気持ちだろう。察するに余りある。

暴力男には暴力で制裁を。ハムラビ法典ではないけれど、殴られたり蹴られたりする痛みを教えなければ、暴力の罪を理解することはできない。あの父親を、女性が寄ってたかって思い切り殴る蹴るしてやりたい。