沢田研二のさいたまスーパーアリーナドタキャンは賛否両論である。「気持ちはわかるし、彼の美学は50年間ブレていない」「いやいや、でもプロとしては如何なものかと。一人でも聴衆がいたら歌うべき」などなど喧しい。
彼のしたことの是非は置いておいて、ワタシが感じるのは「ああ、スターって歳とるのが大変だな〜」ってコト。これは美人が歳をとることの難しさにも通じると思う。昔からちやほやされ、それが当たり前の感覚になっている人間にとって「老い」は死神のようなものである。スターよりも美人よりも「年寄り」でくくられることの怖さ、無残さ。「ああ、ブスでよかった〜」(つよがり入ってます、ハイ)
だが、美人でもスターでもないワタシですら、この1年に起こったことに動揺を隠せなかった。
其の一、電車で席を譲られた! ヒェ〜、とうとうこの日が来てしまったか、という感じ。相手が親切にいってくれているだけに、動揺の持って行き場がなかったぜ。遠慮して隣の車両に移るのが精一杯の抵抗でした、はい。
其の二、幼稚園児に「このお婆さん誰?」と言われた! ヒエ〜、「おばさん」なの?「おばーさん」なの??? 伸ばした?止めた? 幼稚園児の肩を掴んで揺すって聞き質したい衝動に駆られたが、そこはなんとか笑顔で耐えた(心では号泣していた)。周囲の人に「あら〜、若い! とっても還暦には見えませんー」なんて言われてもゆめゆめ本気にするまいと思った。子供は正直なのである。若く見えるかどうか本気で知りたかったら、5歳児に聞いてみることをお勧めする。まじで。
というわけで、ジュリーの話に戻って締めたいと思うが、ジュリーも70歳。自分でもわかっていると思うが若くも美しくもスタイリッシュでもない。スターを貫きたいなら、引退して原節子のように(知らないでしょ?)人前に姿を現すべきではない、とワタシは思う。いや、もう10年前にそうすべきだったのだ。老人ジュリーにはこの先、7000人でも集まらないかもよ。
