重すぎる決断。
母のいる精神病棟は、一応、老後まで入院可能とのこと。
退院させられて行き場がなく、自宅でまた幻聴や幻覚で苦しむ母との生活は厳しい。
だからそれは助かる。
でも、あまりに重いお医者さんの質問にわたしは言葉を詰まらせた。
だけど事実、確かにそういう場合の覚悟は必要なんだ。
「もしも、お母様が倒れたり、延命措置を取らなければ生き延びられない状態になった場合、延命措置を望みますか? それともしませんか?」
わたしはその時、生前の祖父の言葉を鮮烈に思い出した。
苦しみながら、
身体中を管につながれながら生きているだけの状態になったら。
その時は、延命措置はやめてほしい。
と。
自身の口で、わたしに言った。
その選択をしなければならない状態には、ならずにすんだけれど。
母は?
母は自分の意思もわたしに話せないよ?
しない、ということは命を終わらせるということ?
なんと重い決断を迫られるのだろう。
人の命の重みとは、表現しようもない、尊いものではないのか。
でも、
苦しみながら命の時間だけを引き延ばされる母の姿は見れない。
それがわたしが下した決断だった。
今を、
限りある今の時間を、
共に大事に生きたい。