よく雨の日は膝が痛むとか、頭が痛くなるとか言われてますが、私はよく眠くなってました。
でも今日は、朝から頭が痛くてぼーっとしてました。
雨は夕方からだったのに低気圧は既に来てた?
こういうのに体って左右されるんですね。
さらに月の満ち欠け。
出産や死亡ってこれに影響受けやすいみたいですね。
それ以外にも肉体面意外に精神面も。
私はすぐに鎮痛剤を飲んだので頭痛は治まりましたが、眠いわぁ。
これはどうしようもないですねぇ~(´Д`)ふぁ~~
ところであるスピリチュアル系の人の話をYouTubeで拝見していてふっと思った事です。
その方の話も含めて。
神社仏閣にお願い事しに行くでしょ。
これに関してですけどね。
この方以外の人もおっしゃってましたが、神仏ってね、願いを叶えたいんですよ。
でもね、自分から余計な事は出来ないらしいんです。
なので事細かに説明して、どう助けて欲しいかなども話をすると良いらしいんです。
そうしたら動いてくださると。
叶わないとしたら、それは叶わない方が良いという事かもしれないです。
でも神社仏閣には他の方々も多く参拝されますし、いつ頃からかキチンと並ぶようになってきて、それもですよ、横を開けてるのに、そこで拝まず、私一人のために、終わるのを待ってるというのがねぇ・・・良いような悪いような。
お陰でいつのまにか長蛇!「すいません!」という気持ちで若干頭を下げながら去ったことが有ります。
一昔前なら、開いた場所に立って拝んでいたんですけどね。
外人観光客が増えてきた頃から、こういう風になったのかしら。
なので先日、氏神様の神社へお参りに行った時、日曜日だったのでわりと人が多かったんですよ。
平日はガラガラなんですけどね。
なので本殿には列が出来ていたので、私はとりあえず氏名と住所を名乗り、今日伺えたことを感謝した後、後で椅子に座りながらお話しさせてもらいますのでよろしくお願いします♪では、この場所ではこれにて!」と言って退散したんです。
そして椅子に座って「神様ぁ~あのねぇ~」とお話しさせてもらっていました。
家の神棚には3柱の神様をお祀りしておりまして、毎朝、おロウソクの光をあげるんですね。
以前は長いのを使ってたんですが、今は短い10分のを使ってるんですよ。
でね、私は神様ごとに祝詞をあげてるんですよ。
それだけでもう10分近くなるので、ゆっくり話が出来ない!
ほとんど守って頂いてる事に感謝と、今日もよろしくお願いします!とだけ。
それ以外に余計な事を言ってると、3柱目の神様なんか超スピードで祝詞を上げないと光が消えちゃう~~~!
ということをゲラの鍼灸院の先生に話したら、先生も神様をお祀りしてるので、よく私の事を思い出しては笑ってしまうらしいです(≧▽≦)
「今頃、春津さんは急いで祝詞を上げてるんだろうなぁ(≧▽≦)ぎゃはは」ってね。
結局、ゆっくり話で来てないことを改めて思う私は、1日と15日だけ長い方のろうそくを使用するので、その日に神様にじっくり話を聞いてもらおうじゃねぇかと(笑)
(御一日は、月の初めなので参拝する人たちが多い日と言うことも有り、うちも昔は祈祷師のオバチャンに来て頂いてちゃんと御祭りさせてもらってた日です、15日はお花を変える日なので、この日はお米と塩も取り替えるので、お花とそれをお供えするという意味で長い方のロウソクでゆっくり受け取ってもらおうと)
なので皆さんも、初めて伺う神様仏様ならなおの事、なぜそういう事を願うのかとか、どうして欲しいのかとかゆっくりお話ししてみてくださいね。
それと高額のお金をお賽銭にする人がいますよね。
それは良いんですよ、立派な事です。
ただ、神様は金額は関係ないと思うんですよ。
それでもね・・・大金持ちが出す1万円と、貧乏な人が出す1万円、同じ1万円だが、価値が違う。
なんかそういうのをどこかで聞いたことが有ります。
だからといって、別にムリして大金を出す必要はないと思うんですよ。
ただ、気持ちです。
「これだけ出すから叶えて下さい!」って、謙虚な気持ちからそう言ってるようでも、ちょっと違うかなと。
スピリチュアルな人がいうには、神様はお願い事はいくらでも叶えて下さるものなんだけど、やっぱりね願う側も人々のお役に立つことをやって欲しいと。
そういうことでこの世は回ってるんだと。
なのでお金よりも、どれだけ人に優しく、良くしているかが大事かなと思うんですよ。
そういう人に神様は喜んで叶えて下さるんだろうなと。
なので高価なお賽銭をしても、普段、横柄だったり、人にきつく言ったり、文句が多く、街で困ってる人を見ても知らん顔だとか、そういう人はいくら神様の前で謙虚にしてもお見通しかと。
神様は、時として人を通して人を助けて下さることが有るんです。
だから人のために自分を使ってもらうためにも、普段から人のお役に立つことを心掛けていると使ってもらえるし、そしたらお礼にさらに願い事をどんどん叶えて下さるようになるし。
でね、お賽銭って、私はどちらかというと神様に対してというよりも、神社に対しての寄付的な気持ちもあります。
神様がいて欲しいから、そのためには神社を存続していてもらわないと。
だから高額なお賽銭をされる方は、有難い事なので、人のお役にすごく貢献して下さってるのです。
だから否定してるのではなく、良い事なんです。
ということを付け加えておきます。
ただねぇ、やっぱり何度も言いますが(過去ブログ)、やっぱりお賽銭は放ってはいかん!
あれは完全に神様をナメてけつかる!(関西弁(笑))
初詣など、人が多すぎてどうしてもお賽銭箱まで行けない場合などでは、心の中ですいませんと思いながら放るのは良いと思いますが。
だってホント、仕方ないですもんね。
なのに目の前にあるのにもかかわらず、わざと放ってる、そこのオッチャン!!!あかんで~しかし!(by横山やすし)
拝んでる私は、視界の端に映っちゃって、お陰で波動が一気に下がる!
波動が下がると、神様との波動が合わなくなってしまうのでアカンやぁ~ん!
神様と繋がる方法の一つとして、まず神様との波動を合わせる事なんです。
そのために、まず感謝!
今日、お参りさせてもらえたことは、神様が来て良いよ♪とお受け下さったということらしいんですよ。
それがないと、いくら行きたくても行けないという。
なので「お受け下さってありがとうございます!」とか言って、先ずは感謝の気持ちで波動をあげる。
その前にちゃんと鳥居をくぐることで祓い、手水所で手と口を清め、玉砂利や鈴でさらに祓い清める事で浄化!
その間に、お連れさんがいたなら、決して余計な話はしないこと。
ましてや誰かの悪口だとか、そういうのは途端に波動が下がり不浄だらけになっちゃうよ~。
そうやって心身を祓い清め、拝むときに感謝の気持ちを持てば波動が高まり、神様の波動と繋がりやすいそうです。
どうしても叶わない事ってあるんですが、それはその人の成長のためって場合もあるかと思います。
でも、それでも神様仏様は、その人が乗り越えられるようにこっそり踏み台になって下さってると思うんですよ。
有名な話でこういうのを聞いたことないですか?
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ある晩、男が夢をみていた。
夢の中で彼は、神と並んで浜辺を歩いているのだった。
そして空の向こうには、彼のこれまでの人生が映し出されては消えていった。
どの場面でも、砂の上にはふたりの足跡が残されていた。
ひとつは彼自身のもの、もうひとつは神のものだった。
人生のつい先ほどの場面が目の前から消えていくと、彼はふりかえり、砂の上の足跡を眺めた。
すると彼の人生の道程には、ひとりの足跡しか残っていない場所が、いくつもあるのだった。しかもそれは、彼の人生の中でも、特につらく、悲しいときに起きているのだった。
すっかり悩んでしまった彼は、神にそのことをたずねてみた。
「神よ、私があなたに従って生きると決めたとき、あなたはずっと私とともに歩いてくださるとおっしゃられた。しかし、私の人生のもっとも困難なときには、いつもひとりの足跡しか残っていないではありませんか。私が一番にあなたを必要としたときに、なぜあなたは私を見捨てられたのですか」
神は答えられた。
「わが子よ。 私の大切な子供よ。 私はあなたを愛している。 私はあなたを見捨てはしない。あなたの試練と苦しみのときに、ひとりの足跡しか残されていないのは、その時はわたしがあなたを背負って歩いていたのだ」
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なんでもかんでもすぐに叶っているようでは、その人は成長できなくなり、一人で頑張って生きていけなくなります。
なので時として成長のために辛い事が起きても、出来るだけ自分の力で乗り越えさせられるんでしょうね。
でも必ず、この話のように神様は陰で助けて下さってると思うんですよ。
それは人を通して、あるいは「運」とか出来事を通して。
でも一番大事な「人」
これは人づきあいが少ないとなかなかそれに対応できる人が見つからないかも。
多くいたからと言って、上辺だけだったりしても同じかも。
やっぱり常日頃から人に良くしていれば、例え浅い関係であっても好感を持ってくださっていれば神様はその人を通して助けやすいというもの。
それが見知らぬ人であっても、いわゆる「あの時は御親切にしていただいたおかげで・・・」という、恩返し的な感じで返ってくる場合も。
そんなこんなを思った今日この頃であります。
相変わらず、長いなぁ私の話(≧▽≦)←書いてる本人が読み返すのが面倒くさいと言って読まないwww