千葉県立中央博物館 デジタルミュージアム「日本博覧図」
http://www.chiba-muse.or.jp/NATURAL/special/hakuranzu/kouhen/2090.html
現在の瀧泉寺 : いすみ市大原 貝須賀地区
なのですが、上記の博覧図を見るとどうも現在と一致したない所が多く
不思議でしたが・・・・
瀧泉寺は以前、 上総介広常城址とされる布施殿台付近(名熊)にあったと知り
納得! 上の図は、名熊にあったころの瀧泉寺の図なのかもしれません。
(または名熊 瀧泉寺と現在の瀧泉寺のコラボ・・・)
広常城址のブログ : http://ameblo.jp/7a7a4o/theme-10028784843.html
寺地の寄進者の上総介平広常(?~1183)の館跡が寺の左手に描き込まれていますが
それが、布施殿台のことなのではないでしょうか・・・・。
滝の泉は名熊ダムとなった泉のことなのかも。
沢山の清水がたわわにあふれていたのでしょうね。
近所の人の話では、占いによりもっと東(現在の位置)に寺を移したほうが
繁栄するとの事で、現位置に移設したとの事。なるほど~ありがたきお話
ありがとうございます。
名熊には現在も瀧泉橋などの名前が残っています。
布施の諏訪神社にも
この辺りを貝須賀と呼んでいたのかもしれませんね。
房総街道を歩いた人のブログ(瀧泉寺)
http://blogs.yahoo.co.jp/t_yosi13/31385751.html
現在瀧泉寺 入り口に大きな銀杏木が2本ありますが、
上総介広常自ら植樹したと伝えられているそうです。
瀧泉寺は いすみ市大原の 「大原はだか祭り」の親神様
鹿島神社(貝須賀地区)
http://www.isuminavi.jp/kashima/
の別当だったそうで
親神 = 広常 と考えても良いのかもしれません。
現在の鹿島神社の位置は祭典場であり、
神社は現神社の東の山頂(神明台(カミチギリ))にあったそうです。
山の上には堰もあり、田んぼの貴重な水源だったそうです。
つづく・・・

