上総介広常(上総国の長 平広常 たいらのひろつね)


ウィキ:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E7%B7%8F%E5%BA%83%E5%B8%B8



房総平氏惣領 家頭首であり、東国最大の勢力であった広常の加担が源頼朝 挙兵の成功を決定付けたとも言われる。



とにかくすごい男である。その城址とされるのが、いすみ市下布施にある布施殿台。


http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/1577/ooharamati.htm


2万騎の兵を集め、源頼朝に加勢し、鎌倉幕府成立に多大なる貢献を果たすも


あまりの勢いの良さに、頼朝の反するところとなり、命を奪われてしまう。


歴史教科書に登場しても良い程の男であるが、不運が重なりあまり世に知られることなく


現在に至る。 が こんな男がいすみにおったのだから・・・・めちゃくちゃシビレル。


上総国の長の城 = 上総国の中心 =  最良な地 = いすみ~



74 ISUMI の道を今日も行く    中央前方 山裾 (諏訪神社からの眺め)

          

布施殿台(殿台前に現在サクダ牧場 : 当時は上等な馬を育てていたのであろう。)



74 ISUMI の道を今日も行く    諏訪神社 とにかく気持ちが良い。

鳥が沢山遊びに来ていた。



南総里見八犬伝(滝沢馬琴著) の中には


ふたつの館山城が出てくるが


ひとつが上記の上総の館山城 = 上総介広常の城だそうです。


http://www.mars.dti.ne.jp/~opaku/hakken/05/tateyama.html


諏訪神社も物語にでてくるそうだ。


この辺り散歩も気持ちよく、諏訪神社から布施塚(広常の墓とされている)


に歩いて向かう途中、近所の方から、


「源頼朝が広常暗殺を実行した後、それは大きな間違いであったことに気づき


広常の城のあった地区に、お布施をした事から、布施(ふせ)という地名が付いた」とのお話を頂戴し


大変ありがたかった。





74 ISUMI の道を今日も行く    布施塚 小高い丘になっている。



74 ISUMI の道を今日も行く    心底心地よい・・・・広常も気に入っていたに違いない。


つづく・・・