今は昔といってもまだ半世紀ぐらいか

戦争が世界各国でバンバン行われていた頃

飢饉や疫病なんかは今よりももっと深刻で

戦になれば明日をも知れぬ我が身

余程地位の高い者でなければ

ゴミのように人が死んでいく時代に

生きる意味や、理由、歴史から紐とかれるあたしたちの存在、そんなものを考える余裕などなかったろうと思う

特にあたしのような凡人には・・・

人は自分の力だけでは必ずしも人生を切り開けることはなく、多くの人は人知を超えた偉大なモノに頼る、いや縋ると言ったほうがより正確かな?しか生きていく方法を見出だせなかったのではないだろうか

彼等はきっと闇雲にその存在を探し、しがみついただろう

別に今がどうのと言うつもりはない

当時を考えて想っただけ

そんな彼等が信心し心の支えにしたものを

どうして、あたしが在るだのいないだのと思考することができようか

あまりにもこの世界を造ってきた多大な犠牲者に失礼且つ尊大な思考ではなかろうか

かつて医療とはその中で大きく発達し、文明もまた凄まじい速さで発展していった

神について深く(深くもないか、表面を粗を捜して撫でているに過ぎないな)考えるには、少しこれらの現象に対して歴史を省みず、蓋をしてしまっている自分に気づく

さらに、現代日本においては資本主義が定着し宗教を超え金教(とでも名付けようか)が人々の信仰を集め始めているように感じる


しかもそれは金の力でどちらにでも転ぶように出来てしまった

あたかも、熔鉱炉の中の鉄みたいに型に流し込んでしまえばいくらでも形を変える代物だ

ときにそれは鋭く尖ったもの、時にそれは優しく包みこんでくれるものだろう



そんな中に生きているあたしは何を語れよう

何を間違えだといえよう

何を正解だといえよう

わからない

ただ会社を休まねばならない程の病気になって、初めて健康の有り難みを知り、体の治癒力に感謝し、医療の素晴らしさに感荷した

これは重い病に苦しむ人から見ればたわいもない病気になったあたしが

三日間で感じたこと
プラススピノザを少しだけ知って想ったこと

今日という日に感謝
そして、あしたも無事に夜を迎えられますように