根本的なパワー、結局コレがないと快感を得られる域にいけない。
昨日、わいわい会で、コレを痛感した。
T山の根本パワーの凄さを見た。
やはりモノをいうのは根本的なパワーなのだと見せつけさせられた。
N田も然りだ。
だが、それは全く先天的なものかと言えば、そうともいえない。
特にN田を見てると、奴の達してる域の凄さは認めるところだが、全てが先天的な訳ではない事を感じさせる。
ちょいイイセンスに自身の努力がかなり載っている状態と見受けられる。
尊敬、利他主義、基本パワー、攻める気持ち、この辺が最近勉強した分野だ。
正しいコンセプトを持っていたとして通すにはパワーが必要になる。
俺の場合その基に成るのは鍛えた体と睡眠、それと付け加えるとするとコンプレクスにも似た自身への怒りか。
こういった要素を常に兼ね備えた状態を維持しなければならない。
その上にコンセプトがあって初めて機能するのだ。
この基本条件の常備とそれすらもパワーアップしていく事が俺自身を大きくしていくことになる。
そういえばM奈も子供の頃よく寝てた。
今、R緒がちょっと心配。
とりあえずコンセプトはない。
これはこれから育んでいくものだという事もあるから仕方ないが、基本条件はある程度有るのでは?と思う。
体やルックス、睡眠もある。
が、パワー感が感じられない。
特に自分の向上に関して。
快感経験が無い、少ないという事なのかもしれない。
けど、子供というのは根拠の無い自信に満ち、それを具現化する為に頑張り、結果として快感経験を得ていくものだと思う。
その快感経験の量がその後に影響していくのは必然で、それがその人を決めていくと言っても過言でない。
R緒にそれを経験し、そのサイクルを得て欲しい。
だが、俺も思うし経験しているのだが、努力に対し快感が少ないと感じてしまう。
すると逆に努力量が以後減っていってしまう。
どうすればいいか。
今思いついて、感単に言うとこうである。
努力量に対する快感の度合いを大きくすれば良い。
そうすれば、この努力でこんな大きい快感を得られた実感が発生し、なら次は更に頑張ってみようかと思う。
言ってみれば同じ結果でもより快感を大きく感じるにはどうしたらよいかという事だろう。
来たるべき結果、それに伴う快感をより大きく受け止めるには、そこに至るプロセスに要因があると思う。
そのプロセスを如何に深く本気で考え取り組むかが、より大きい快感を得る事に繋がる気がする。
俺には未だ確固たる経験がないから想定の範疇なのだが。
来たるべき快感を膨らませる為に日々の努力に更に力を入れる、とすれば努力の質は向上するし必然的に結果の質も向上する。
更に、大きくなった努力と結果によって快感も大きくなる。
それが繰り返される。
そのサイクルを得たものが最強と成るのか。
待っている俺の未来像。
素晴らしく幸せで、パワーに溢れ結果を出し、それを受け次の野心に満ちている。
それを信じて今、行動することでそれを必然のものとしていく。
その意志が、日々の努力さえ楽しみに変えていく。
もう俺には時間が無い。
だが、全く無いわけではない。
以前に比べればなくなってきているというだけだ。
その残りの人生で俺は、俺のサイクルを得ていく事が人生の意義を得る事になるのだろう。