こんにちは。
今日はED75機番シリーズの第133回、1008号機その1です。1000番台の初期車、ナナゴーファミリーで最もジャンパ栓が多かったグループの1両です。貨物列車の牽引に活躍しました。
ED75 1008[青] 1968年落成 → [盛] 1986~
国鉄時代は青森生抜き、民営化直前に盛岡に転籍し、JR貨物へ継承されます。
最初の撮影、全検上がりたてだったと思います。イマイチ目立ちませんがパンタが銀色に輝いてます。これぞ郡山全検車、国鉄時代からのオリジナルの姿です。
1987/10 東北本線(以下同様) 好摩ー岩手川口 4079レ
コンテナ4個積み、コキ5500系列の臨貨と思われます。編成が短かったので画面に入りきりました。オリジナル塗色時代の1008号機はHゴムがより白くアイラインがハッキリしている印象、好感の持てる機番でした。
1988/10 白河-久田野 8155レ
P型同士の重連で高速貨物列車を牽引して驀進です。貫通扉窓には貨物機お約束の”感電マーク”が付きました(笑)。
1989/08 久田野-白河 3056レ
午後の100km/h高速貨物列車の先頭に立って、P型同士の重連が驀進です。緑のコキ250000台が繋がっているのが分かります。ジャンパ栓7個、好みのスタイルでした(笑)。
1990/08 豊原-白坂 3055レ
1008号機は高速貨物列車の先頭で驀進する姿が多かったです。
朝5時ごろ、トラックをそのまま載せるピギーバックが前方に並ぶ列車を重連牽引です。
急行八甲田を一ノ関で下車し、平泉方面へ歩いていく途中に撮影したものです。
1991/05 一ノ関-山ノ目 3051レ
上と同じ列番、トラックはウヤでしたがピギーバックの貨車は空車で5両繋がっていました。
原画を見ると2~4両目がTR63台車に見えます。クム80000でしょう。1,5両目のクム1000と併結だったと思われます。ここまで全部高速貨物列車、車扱いの写真は1枚もありませんでした。高速貨物牽引用の1000番台らしい といえばらしいんですが...。
1993/10 苫米地-北高岩 3051レ
初の車扱貨物の撮影..と同時に白ガマになっていました(沈)。
1000番台は更新工事が早かったんですよね。94年1月にはシロガマになったようです。郡山全検、白Hゴムは堅持していました。
1994/05 豊原-白坂 5177レ
今頃の季節、稲刈が始まろうかというところを脇目に行きます。
カマ次位が700番台、朝の列車では珍しかったかも知れません。
1995/10 好摩-岩手川口 3065レ
雪の中を驀進します。下半分シロになっていましたが、1000番台前期形のスタイルはそのままでした。
1997/01 奥中山-小繋 3067レ
上の写真からだいぶ間が空いて活躍の姿を捉えました。[仙貨]の所属になっていた筈です。シロシロの重連で車扱貨物を牽引、これどうやって撮ったんだっけな?よく覚えていません(笑)。先頭1008号機の白塗装部分が汚れて来ていました。
2001/06 豊原-白坂 5175レ
サイドを流していました。1008号機は側面ユニットサッシ窓化、この記事最初の写真の時には既に施工されていたようです。
2001/06 白坂-豊原 3062レ
タンク車を牽引してやって来ますが...何か薄汚れた感じ..、左側は錆び??
2001/10 矢吹-鏡石 5179レ
再び姿を見たのは3年程間が空いてから、錆のような汚れは無かったですが、貫通扉の塗装がが剥げていたり...
上記94年の全検から10年ですから、99年頃もう一度郡山全検を通ったのか、長く休車がかかって延命されたのか...?分かりません。
1008号機の白ガマ時代はこれが最後でしたが、その後も活躍を続けます。続きは次回に..
最後までご覧いただきありがとうございました。