入院した日にもらった看護計画書…
看護診断:予期悲嘆
診断指標:やがてくる重要な対象の喪失
ん??
あれれ????
と、思ったものの、その日はそれを受け取りました。
が…
「やっぱり、おかしい」
まぁ、この看護計画に則って看護を展開しようとする若手ナースたちは、優しく、穏やかに接してくれるのですが…
翌日の夕方に、「何かあったら言ってくださいね」と、言われたので、言ってしまいました。
「あの看護計画書の内容が1番きつかった」と。。。
理由も伝えました。
まず、私は悲嘆していない
私の目標は、生児を得ること
死ぬと決めつけて欲しくない
奇跡を信じている
状況が状況なので、こういう診断になるのはわからなくないけど、私の考えとは違う
その後、日勤が終わってから残っているスタッフで、プチカンファレンスが行われたらしいです。
そして、翌日にはもう少し人数も多くなるので、カンファレンスを開催して、看護計画書を再作成してくれました。
看護計画書にまで,口を出すのはいかがかと思いましたが、やはり患者さんの思いと乖離が激しいと、意味がないと思ったからです。
もちろん、良いことだけを伝えるのは違います。
事実を客観的に見ながら、それも踏まえてどうするか…
患者さんは何を思っているのか
何を求めているのか
悲観してもおかしくない状況でも、奇跡を願う人はたくさんいるはず。
医学的に難しいことでも、エビデンスでは説明しきれない事が起きるんです。
奇跡は滅多にない。
でも、そこにしがみつきたいんです。
悲しみに打ちひしがれそうな状況であっても、そういう気持ちを持っている人がいることを、忘れないで欲しいな。
入院初っ端から、こんな事をぶちかましたので、ちょっと気まずいですが、飲み込むよりは良いさ〜
あはは!
とりあえず、日本語がちゃんとわからなかったので、悲嘆と悲観の違いを調べてみましたー!
「悲観」は、「ものごとを好ましくない方向に捉えて悲しむ考え方のこと」に使います。
ある動作や反応ではなく、人の思考を表す言葉です。
「悲嘆」は、「強い悲しみに満ちて声が出る程の状態のこと」に使われます。
非常に悲しいことがあった時の、人の感情や行動を表す言葉です。
とのこと。
つづく