以前からよく物忘れ現象はあったが、最近、それがますます顕著になってきたように思う。
高齢者ならいざ知らず、相対的に若い者の一人としてはじつにナサケない限り。しかし「物忘れが激しい」という事実さえ忘れなければ、たいした影響はあるまい、とも思う。
とはいえ我が物忘れのありようは、メガネは?カギは?というような、モノに関する物忘れではなく、人名・地名その他の固有名詞を思い出せないことが多いというものだから、場合によっては、(特に対人的に)マズイ事態を招きかねない面がないとは言えない。
閑話休題。
さて、前回の更新からは、体感的に2~3日しか経っていない。
にも関わらずこうしてまた更新するのは、ワケがある。タイトルにある「メーテルネタ」とは?それと「平成生まれ」がいったい何だというのか?という問い合わせが多く寄せられたからに他ならない。
あまり日が経ちすぎれば、「なーんだ、そんなツマらないことなのにモッタイぶっていたのかー。あー、アホらしい」などと非難されるのは明らか。それを避けるために、わずか体感的2~3日のうちに(その2)をアップしようと思い立った次第。これが3カ月も4カ月も経ってようやく・・・というのでは非難や批判は甘受しなければならないトコロだから、我ながらエライと思う。
というわけで、例の企業の立ち上げに携わるようになってから、体感的に一週間ぐらい経ったところである。
ところが先日、度重なる面接を経て採用した者の多くが平成生まれであることをあらためて知って、愕然とした。平成生まれということは、このほど11歳になったばかりで小学五年生の我が娘と同じ、ということなのだ。
かくいう私は平成生まれでこそないが、じつに惜しいことに、平成のわずかひとつ前の元号の御代の生まれだ。えーっと・・・、そういえば平成のひとつ前の元号といえば・・・・・・、あれ?たしか「和」が付いていたような気がするけど、「平和」だったか「和平」だったか・・・。いずれにしても、「元和」や「元禄」ではなかったように思う。まあとにかく、ひとつ前だから、準「平成」といっても差し支えないだろう・・・と無理やり思いなしつつ、娘と同じ平成生まれの者たちと仕事をする日々なのである。
ところが、やはり強烈なジェネレーションギャップを感じざるを得なくなった。
ひと言で言うなら、彼らはじつにナマイキかつ無礼なのである。
例えば、こういうことがあった。彼らが何かの楽器の話をしているようだったから、「それは何の楽器?」と訊ねたところ、いきなり口に手を当ててゲラゲラ大笑いしながら、「楽器じゃないですよ、ガッキーですよ、ガッキー!」と言う。思わず「なに?ガッキー?なんだ、そりゃあ」と返せば、ヒトを小馬鹿にした表情で、「えー?ガッキーのこと知らないんですかぁ!」「ガッキーを知らない人なんていないでしょー。訊いてみて下さい、お嬢さんだって知ってるはずですよー」ときたもんだ。
いわゆる「ガッキー」が何者であるかをひととおり教えて貰った私は、悔しマギレに「それじゃー、ナニかい?君たちは平成生まれのくせに、いまだにテレビなんか見てるってワケか?」と口走ったのだが、彼らはそれにコタえた様子も見せず、シレっとした顔で、「テレビはフツーに見ますよー」「お嬢さんも見てるでしょ」などとのたまうのである。
ふんっ、あー、そーですかっ!である。これがナマイキかつ無礼でなくして何がナマイキで無礼か!・・・そんな思いに苛まれる日々が訪れるとは体感的一週間前には思ってもみなかったのだが、そんなある日の帰路。いつものように地下鉄のホームで電車の到着を待っているときに、この構内広告が目に飛び込んできた。
ちなみに、駅は東京の渋谷である。渋谷といえば、陳腐な形容ではあるが、「若者の街」としてつとに有名だ。じじつ、センター街だのスペイン坂だの公園通りだの、渋谷近辺は若者がつねにタムロするエリアばかり。おそらく駅の利用者に占める平成生まれの比率は日本一、ナンバーワンではないだろうか。にも関わらず、この広告である。
はたして平成生まれは、「メーテル」のことを知っているのか?
そんな疑問が我が念頭に浮かんだのである。
この広告は、いったいどういう年齢の消費者をターゲットにしているのだろう。平成生まれ利用率No.1(であろう)渋谷の地下鉄駅構内に掲示されているが、この広告メッセージは、はたして平成生まれ世代に訴求できるのか。
しかもテキストメッセージは、お世辞にも上出来とは言えないビミョーなダジャレ(というより、オヤジギャグもどき)である。若者たちにウケるとはとても思えないのだが、はたしてどうだろうか。
それとも「メーテル」は既に世代を超えたヒロイン的地位を獲得しているだけでなく、この種のオヤジギャグもどきも、普遍的な価値をもつ日本文化として、平成生まれの者たちにも受け容れられているのだろうか・・・・・・。
私は思わず考え込んだものの、一方では、メーテルの名を「メーテル」と正しく認知できていること、ちゃんと覚えていることに安堵したりもした。
折しもこの週末、トランプだか花札だかUNOだか忘れたが、そんなカードゲーム的お名前の大統領がどこかの国から訪日する直前だということで、渋谷の地下街の警備はものものしかった。
しかし平成生まれたちは異様な雰囲気をものともせず、いつもと同じように「フツーに」、広告には見向きもせずにホームの縁を小走りに移動していた。そんな若者たちの様子をボケーっと目で追っていると、特別警備員に注意された。その注意は、私の耳にはこう聞こえた。
「お客さん、なに突っ立っテルんですか?電車が入ってきますから、もう1メーテルほど下がって待って下さい」
