「明日ちょっとお邪魔します。明日、お父さんいるかな? 詳しくは、会って話します。」
いつもとは明らかに違う声のトーンで実家に電話しました。
覚えています。
隠れるようにカーテンを閉め切った寝室での電話でした。
私の実家は、田舎の、ちょっとした名士。
先祖はとある名誉ある方で、同じ苗字はない。
父は若い頃に事業を始め、一代で全国の同業者で名を知らない者はいない存在になった。
男兄弟しかおらず、一人娘である私は、父母のお知り合いの方に、京都の着物作家の方のお宅に連れて行っていただき、一点物の振袖を作って貰ったり、独身時代は、師業の方などとのお見合い話がどこからともなく舞い込んできていたりした。
お金に不自由した覚えはないけれど、好き放題だったわけでもない。
甘やかされることもなく、両親は、【嫁に出す子だから】と、私を厳しく育ててくれました。
そして、私の意見を優先してくれ、名誉ある方々とのお見合い話は断ってくれ、私が勝手に選んだ旦那との結婚を認めてくれました。
結納は、なし。
それでも、振袖と同じ作家さんを家に呼んで、嫁入り用に着物を作ってくれたり、家具屋さんでは、タンスや食器棚、ベッドなど、私が新居が狭いから色々沢山は要らないと言ったので、数少ないながらも、商品の中で一番上等な物を買ってくれ、店長さんに心配され、荷入れには社長さんと店長さんとで来てくださったほどでした。
『若いうちに車を買い、ローンなんて組んだら生活大変だろうから。』
と、普通車の新車を買って持たせてくれました。(結局、その車に15年以上乗りました)
そんな両親の元へ、平日の昼間、一人で行く。
あの日は、雨でした。
実家に着き、両親の仕事場に行くと、まず父が一人で仕事をしていました。
父の顔を見ただけで、涙が止まらなくなり、
「お父さんすみません、お金を貸してください」
と頭を下げました。
驚きつつも、察して悪い予感しかしていなかったと言う父。
取り敢えず実家のリビングに移り、母も呼んでくれました。
二人に頭を下げ、事情を説明しました。
「旦那が借金をしていて、取り立ての電話がかかってきた。借金の返済に給料を使われてしまい、引き落としも出来なかったと連絡がきていて、今月生きていくお金がない。旦那は今は自宅待機中だけど、恐らくクビになる。」
と伝えました。
これまでの経緯も伝えました。
私が夜勤バイトをしていたことは伝えていたのですが、それが義父に私のせいにされ、私が返済する為だったことを伝えると、母泣いてしまいました。
元々結婚前に1度だけ
『家もないところに嫁に出すことになるなんて』
と言われたことがありましたが、それしか聞いたことはありませんでした。
母は、取り敢えずリビングにあったへそくり約70万円を現金で持たせてくれました。
「娘は貴女しかいないんだから、年取ったら貴女にお世話になることはわかってる。その時、こんな金額分以上、もっとお世話になると思うから、その時の為に、前払いしておくわ。家計費の余りを貯めただけだから、出所のわからないお金。」
と。
父は、相続税を考え、100万円を私の口座に振り込んでくれました。
両親から出された条件はひとつ。
しっかり、夫婦として、旦那を支えていくこと。
借用書を書こうとした私の手を止めて、両親が出した条件は、これだけでした。
私の考えなんて、二人にはお見通しでした。
将来に渡り、この二人の介護は、精一杯やろう。
そう心に誓いました。
だから、今の私がいます。
でも、この条件が、この先もずっと、私を苦しめていくことになる、、、