児童相談所での生活は正直余り覚えていない。

私と弟は養護施設へ入る事が決まり、荷物をまとめておやつの時間辺りに養護施設に到着すると施設長室へ通された。弟は緊張している様子だった。

施設長と男性指導員が対応したと思う

随分後になって、施設長先生の自宅とS市にあった私の実家が500mと近所だった事に気付く

担当の職員は短大を卒業して保育士になったばかりの、パッキン、真っ赤なリップ、そして走り屋

当時の若手保育士は皆パッキンだった


養護施設の建物は古臭くて、建物の中は壁も黒くなり薄暗い感じで、中庭にウサギが放し飼いにされていた

部屋は9室、123が男子部屋で4室は物置部屋、5室が幼児さん、789が女子部屋。6室は男子部屋と女子部屋の中間にある、その年の男女の児童数によって男子部屋にも女子部屋にも使用する。当時は5人とか6人位が6畳位の1部屋で生活していた

私の学年の児童は修学旅行で留守だった、私と弟は担当の職員に別々で部屋に案内され、荷物を決まったタンスと棚にしまうようにと言われる。

その間、養護施設から通う中学校の体操着や制服、カバン等、何年も使いこまれている物が用意された。

その日のうちに、棚に整理した多くの文房具は大半無くなった。何人かの小学生の男児がブランドマークに目をつけて、棚から持って行ったんだと思う。私も万引きした物だったから目をつぶった。こんな物を小学校でお金に替えてくる児童は何人もいた。

後に入所してきた中学生の女子児童がタンスに50万以上の束をしまっていたという事もあって、担当職員に知らせた事がある。

養護施設生活1日目は、文房具の大半をパクられた事と薄暗い室内と飛んでる職員に驚いた以外は平和に終わった。のだと思う


まだ、何もわかっていなかった、上下関係と自分の学年の児童が多く、職員には相当な手を焼かせたのは確かだった




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