「令和」にこんな話題というのもアレですが
いかがお過ごしでしょうか…青空です
さて、青空位の年代にとって「昭和」って長かったんですよね。というか年号がこんなに頻繁に変わる時代が、むしろ珍しい。
実質7日だったのですが、前年より連日「昭和天皇」のご体調がニュースで報道されていたんですね。陛下のご病気が予断を許さない状況で皆が見守っていた…
戦前から戦中、そして戦後から復興、高度成長期まで、同じ年号の間でこんなにも激動の時代、でもこのままずっと変わらないような感覚だったんですよ
しかし1月7日朝、昭和天皇がご崩御。ワタクシその当時電車通勤してたので、家を出るまでは何にもなかったんですが、会社に着いたら皆ザワザワしている・・・で、聞いてみたらそのニュース
今のようにスマホでニュースチェックできる時代じゃなかった。朝見たテレビが最新ニュース(まあ、クルマでラジオ聞いてればアレでしたが)
で、天皇陛下が崩御なさった時の経験がある人は職場に当然いないわけで「どうすんだ!何をどう対応する?」って、ちょっとしたパニックが発生
「何を自粛」「喪に服す度合」「明日から年号の記載どうする(昭和以外の西暦でなんて書いたこと無かった)」等々…
各所で同じような混乱が生じたようで世間がなんかバタバタしてとりあえず青空の会社では「外回りは原則自粛」「社員は皆腕に喪章(黒い輪)装着」を行う。年号については新しい年号が決まり次第、書類に全て新年号の下に二重線のスタンプで対応する・・・あらゆる書類のサラ用紙には「昭和」が入っていた
そして外回りに「一応」出発してみたら、まあ商店街は大体「営業自粛」、ショッピングセンターへ行ってみれば従業員さんが目の色変えて「祝新春」「迎春」のポップを剥がしまくり(まだ松の内だったからね)なんかおめでたいコトしてると「非国民」扱いされそうな空気だった…
青空、仕事にならないので外回りの先輩とともに近隣で営業していた「お好み焼き屋さん」で待機(いえ、サボりです)やることもないのでTV見てたら、通常番組一切なし、ずーーっとモノクロ画像で戦前・戦中・戦後から現代までの歩みみたいな番組。
ご崩御前に用意はしていたんでしょうが「自粛用の番組」が切れ目なく、そう何日か続きましたね。今から思えばそこまでスゴイ自粛しなくてもと思うのですが、やはり例のない事だし一時代が長いって大変な事です
「平成」になってからも何か馴染まず二桁ぐらいになって、ようやく「昭和」を脱してきたかな…逆に「平成」終わって「令和」が始まる際はごく自然だったので余計にこの昭和の終わりは印象に強く残っています
影響を強く受けた所とそうじゃない所があったと思いますが、ワタクシには強烈に印象に残っている出来事なのです・・・
本日もアクセスいただいた方とのご縁に感謝
ありがとうございます。
読んでくださった方に良きことがありますように(^_^)/