(6月28日付 編集手帳より)


英誌エコノミストの調査研究部門EIUなどによれば、2010年版における平和度指数は、日本は昨年の7位から3位に上がったという。1位はニュージーランド、2位はアイスランド、そして、アメリカは85位だそうだ。

第二次大戦が終わり、かなり年月が経ってからこの世に日本で生を受けた私などは、「戦争」といわれても正直ピンと来ず、もはや、「戦争」という言葉は、「受験戦争」とか、「ライバル企業との生き残りをかけた戦争」といった比喩的な表現が普通の意味であるかのように捉えてしまう。


ただ、そんなに簡単に日常用語で「戦争」という言葉を使っていいのだろうか。「戦争」ということは、悲惨で、不幸で、おそろしく、あってはならず、決して日常的なものではないはずである。

しかし、比喩的に日常用語としてその言葉を使うことで、その言葉の持つ意味の大きさやハードルが低下し、その結果として、国民に対しその言葉を口にすることに何のためらいも抵抗もなくさせている気がしてならない。


メディアから流れる情報をそのまま鵜呑みにする人間が数多く存在するこの国において、メディアの力はやはり強力である。だからこそ、メディアには言葉を慎重に選んで使用してほしい。


「120%大丈夫です」という言葉もおかしい。


そもそも「%」には、「割合」の意味で使う場合と、「確率」の意味で使う場合の2通りがあって、さきほどの言葉はそれを混在している。しかし、そのことに気付いている人が果たしてどの程度いるだろう。


「容量120%にUP!」という言葉は正しい。それは「%」を割合の意味で使っているから。
でも、「120%大丈夫です」という言葉に含まれる「%」は確率の意味で使われている。
確率に100%より上は存在しないのだ。なぜなら、最大を「1」として分布させたのが確率なのだから。


最大より上の値を持ち出すというのは、原理原則を破壊することにつながる。
それは、あたかも、憲法9条を無視して戦争をしかけるかのごとくである。


「120%大丈夫です」という言葉を普通に使う国民が多く存在する国は、ある意味で平和かもしれないが、別の意味において危険な要素をはらんでいるかもしれないと思うのは、考えすぎであろうか。