もう11月に入り、あと2ヶ月足らずで新しい年が明ける。
今年も色々とあった。
過去をあまり振り返ることを好まない性格なので、日記をつけるということはしないが、年の瀬に近付くと、日記を付けていれば良かったと時々思うこともある。
いちばん驚いたのは、小5の頃に同級生だったK君から連絡があったことだ。
僕の実家とK君の実家は歩いて2分ぐらいの距離で、たいてい毎日一緒に通学していた。そして、たいていK君が僕の家まで迎えに来ていた。
小学校を卒業後、K君は地元の公立中学に進学し、僕は受験戦争に巻き込まれてはるか遠い場所にある私立中学に進学した。ものすごく近所に住んでいたにもかかわらず、会う機会は減っていった。
高校まではそれぞれ実家から通学していたが、高校を卒業後、K君は姫路の大学へ、僕は京都の大学へ進学した。それぞれ大学の近くで一人暮らしをするようになり、ますます会う機会が減っていった。ただ、その頃、初めて手にした携帯電話には、互いの番号が登録されていた。今から10数年前、電波も圏外になりやすいこともあり、携帯電話を持っている人はまだ少なかった。このディケードで時代はかなり変わったものだ。
その後、携帯の機種を変えたときだったか、電話帳からK君の番号がいつしか消えていた。
それから10年以上が経過した。たまに実家に帰ったとき、K君の実家の呼び鈴を鳴らして、「K君は元気ですか」とK君のお母さんに挨拶でもしようかと考えたこともあったが、K君がそこにいない可能性が極めて高い状況において、実家の呼び鈴を鳴らしてK君のお母さんと話をすることにはやはりためらいがあった。
日々の生活の中で、K君の存在は僕の中からは完全に消えていた。
今年の夏、職場に電話があった。事務の人が取り継いでくれたが、誰からかと問うても、「Kさんという方のようです。よく分からないのですが、お友達とのことです」と。
K君の苗字はあまりにありふれているので、「K」という苗字からは、そのK君の存在に結びつかなかった。ましてや職場である。K君と仕事上のつながりなどあるはずもない。
しかし、電話に出てみると、それは紛れもなくK君であった。
「おう!」
とりあえず仕事中なのでと、互いの携帯の連絡先を伝え、仕事が終わった後に改めてこちらから電話をかけた。
なんと大阪にいるという。何かの縁なのでと、その日の晩に飲みに行った。
こちらとしても色々つもる話もあったが、予想をはるかに超える重い話を聞くこととなった。さすがにプライベートの話ゆえ、その詳細は割愛するが、自分も多少その種の経験をしたことがあった。参考になるかどうかは分からないがという前置きをした上で、自分の思うところをK君に言ってみた。
相当久しぶりに会い、しかも同い年なのに、なぜ自分がK君の人生相談を受けているのかが不思議だった。
年が明ける迄に、K君のゴタゴタが解決することを願うばかりである。