(7月14日付 編集手帳より)
この名古屋場所に力士としてデビューした大相撲の序ノ口西29枚目、「徳島」(15)は、まだ有効な治療法のない目の難病、レーベル病によって視力が徐々に失われているという。現在、左目0・01、右目0・3。だが、彼は言う「目が見える限り、土俵に立ちたい」。
著者は、この力士の存在を知り、もともとは今場所は中止でもいいと考えていたが、今となっては開催されてよかったと締めくくっている。
大きな病や障害を抱えた人は、五体満足で健康な人に比べて、その覚悟が違う。
「目が見える限り、土俵に立ちたい」と願う15才の少年。
自分に置き換えてみる。15才のとき自分はどうだったか。勉強もロクにせず、成績はクラスで下位10%に入り、学校帰りには毎日のようにクラスメートとゲームセンターでゲームに明け暮れていた。そのときには将来の夢なんて何も考えたこともなかった。全く恥ずかしい話である。
世間は少し違った面を持つ人を採り上げたがる。その面が一般人と違えば違うほど、メディアはこぞって採り上げる。だから、若くして何事かをなした人を賞賛し、それを見た親は自分の子供に「あの人はあの年であんなにしっかりしている。あんたもちょっとは見習いなさい」と言い、それを聞いた子供は「うるせえ」と反抗する。
しかし、私は思う。
若くして大人のようにしっかりしていることが、それほどすごいことだろうか。
人はそれぞれ歩くスピードが違う。それは、道の上でも、人生という路の上でも同じことだと考える。
若くして大人びた人は、人生という路を人より速いスピードで歩いているだけではないだろうか。有能な人ほど夭折するというが、それは、路を速く歩いていたために人より早めにゴールが来てしまったということにはならないだろうか。
歩くスピードが速い人が、遅い人よりも優れているという根拠は一体どこにあろうか。歩くスピードが遅い人は、速い人よりも周囲の情報に色々と気がつくかもしれない。
だから、私は「天才少年」などと称して、子供をテレビに出してその子供が持っているテクニックをテレビで披露する番組があまり好きではない。そして、その子供を単純に賞賛する大人が更に好きではない。
その子供は、確かにその分野については明らかに同世代の人間よりも数段優れており、場合によっては、成熟した大人よりも優れていることがある。
ところが、困ったことに、人は、ある一面が自分より非常に優れている他人を見ると、他のあらゆる分野においても、自分より優れているのだと錯覚してしまうのだ。
その分野においては、たしかに、その子供は自分や自分の周りの人間よりもはるかに優れているかもしれない。しかし、他の分野においては、自分や自分の周りの人間の方がはるかに優れているかもしれないのだ。でも、なぜか、みんなそのことには触れようとしない。
目の病に冒されているその力士も、目の病に冒されているという点において、少しかわいそうだという気持ちにはなる。しかし、当の本人は、そのことに同情されることを好ましくは思わないはずである。ただ単純に相撲が好きで、力士になりたくて、厳しい練習をして、そして今場所やっとデビューにこぎつけたというだけである。
今場所でデビューする力士は、他にもいるはずである。目の病に冒されたこの力士以外にも。そして、彼らもまた、今場所が開かれたことで、デビューすることができたのだ。彼らの家族や親戚は、今場所が開かれたことを喜んでいるだろう。
目の病に冒され、いつ相撲がとれなくなるかもしれないというリスクを負っていることは理解できる。しかし、だからといって、この力士の存在を知ったから今場所が開かれて良かったと締めくくるこの著者は、他の力士に対する配慮に欠けるのではないかと思うのだ。この力士以外の、今場所デビューする予定であった力士は、デビューが来場所になっても構わないということだろうか。
目の病があろうとなかろうと、今場所デビューする予定であった力士にとってみれば、今場所開かれたことは良かったはずである。だから、今場所デビューする力士のことを考えれば、今場所が開かれて良かったと、そう締めくくって欲しかった。
ちなみに、私は、相撲があまり好きではないので、そのような感情は持っていない。相撲協会に属している人間の退職金も多すぎるし、そもそも力士や親方の給料も多すぎる。「国技」という言葉を盾に、傍若無人を振る舞う相撲関係者が多すぎる気がするのだ。
国を代表しているという気持ちがあるのであれば、皇族を見習うと良い。天皇家にどの程度のお金が行き渡っているのか、想像を絶するが、だからといって、「天皇家に対して税金をそんなに使うな」と思う国民が果たしてどれだけいるだろう。それは、天皇を初めとする皇族が、真摯な気持ちで国の象徴としての役割を果たされ、国民に対する敬いの心を持たれているからに他ならないと考えるのだ。
少なくとも今場所は開かず、相撲関係者は全国津々浦々を巡ってボランティア活動を行うなどして禊ぎを受けるべきではなかったか、と今でも私は思う。国民の税金が投入されているという意識を持って貰いたい。
公務員や政治家もまた然りである。