誕生日は祝ってもらうより親に感謝する日

 

これが21歳(発言当時は20歳?)の言葉だなんて、おばちゃん感心しちゃった・・・。
実はこれ、フィギュアスケートの宇野昌磨選手の言葉なんです。日めくりカレンダーの17日目。

ということで、7月26日に齢を1つ重ねました。

 

誕生日に何をしたかといえば、平日だったので日中はお仕事行って、夜に両親と3人で焼肉行ってきました。

 

で、家に帰って寝ました。

 

まあ、そんなもんです。

 

同年代でも親が亡くなっている人もいるから、まず両親が健在であることがまず感謝です。年相応に病院には通っていますが、大きな病気をして入院とか認知症とか今のところないからそういう環境に感謝。むしろ自分が入院沙汰の病気で6~8年サイクルで入院して迷惑かけていますが(笑)

 

高齢者ドライバー問題もありますが、父は70歳過ぎても運転しています。しかも去年車買い替えてます。住んでいるところが田舎だから車が無いと生きていけないから80歳過ぎたら考えないといけないかな。

 

誕生日の翌日の明け方に夢見ました。


あまりに暑くて起きて寝なおしたのですが、その時見た夢が感覚が物凄くリアルでした。

 

夢の内容は、自分にとってそこにいることが当たり前の人で今までその人が死ぬなんて考えたことないくらいの存在で自分にとって物凄く大事な人が亡くなる夢です。

 

両親では無いです。その人が自分にとってどのように大切かは現実社会では例えられないのですが、その夢世界では自分にとって物凄く大切な人です。

 

受け入れがたい事実で認めたくない。胸が張り裂けそうで、本当に悲しい時は泣けない。

 

そんな感情が渦巻いて、目が覚めて現実に戻りました。


現実に戻っても、感覚が残っていて思わずスマホを見て現実を確認しました。

 

久々に妙にリアルな感覚が残る夢でした。いつもは数時間すれば忘れるのですが、誕生日の翌日にみた夢だから見えない世界からの警告かもしれない・・・・。

 

と思い、起きてすぐメモをしました。

 

新しい年を迎えることはめでたいが、浮かれてはいけない。死へ近づいている。


と一休禅師はおっしゃっていましたが、それを現代に言い換えると、

 

誕生日を迎えることはめでたいことだが、死へ一歩近づいている。

 

ということなのでしょう。気を引き締めて新しい齢を生きていきます。