もう3カ月なのか
まだ3カ月なのか
何かを書くべきなのか
何も書くべきでないのか
わたしには判然としません
なぜならこの期に及んでわたしはまだ
実感が無いのです
死がすり抜けていった
瞬間の痛みだけを残して
あの日
あの午後
あの電話
震える母の声を聞いて
わたしはわからなかった
喪服を持って帰ることが
正しいことなのかどうか
直後
咄嗟にこみ上げたのは
たぶん感情ではなかった
もっと息苦しい
物質的ななにかが
胸に詰まった
涙は出た
悲しいとかそういうのでは
なかった
思いがけずたどり着いた池袋は
いつも通り縦横無尽に
行きかう人でごった返して
でも一人たりとも
価値のある人間なんていなかった
存在ですらなかった
どうでもいい
わたしは失われた存在のことで
いっぱいだったから
初めてだった
新幹線で帰るのは
がらがらの車内で
夜のガラスに映る自分を見ながら
わたしは泣いた
本当はきっとわかっていた
喪服を持っていくべきだって
持っていっても誰もわたしを責めたりはしない
でもどうしてだろう
できなかった
思いがけず帰ってきた家は
いつもと違って片付いていた
部屋に入って一人になって
こみ上げるまま声を出して泣いた
死が隣にあった
こわかった
許せなかった
自分が
信じられなかった
自分の残酷さが
何カ月ぶりに入ったそこは
相変わらず綺麗すぎて
不自然さが際立った
死ぬはずがない人が死んでいた
ここをこんな風に片づけて掃除して
その机の配置も
そのシクラメンの配置も
ここの現状の全ての原因である人が
もう死んでいるという不思議
これからここには
積もったことのない埃が積もって
枯れるはずのない花が枯れる
そういう場所になってしまう
そういうさびしさ
また同じ失敗をしました
取り返しのつかないことをしました
最後に交わした言葉もわからない
最後に会ったときのこともわからない
でも勝手口の鍵を開ける音や
砂利を踏む音や
あの時の会話
あの時のはにかんだ笑顔
10年前の様子でさえ
まだいくらでも思い出すことができます
ただ信じられないのです
ごめんね
あと1週間遅ければなどと
わたしに責める資格は毛頭ありません
わたしはあまりに子供でした
ばかばかしいことを信じきっていました
自分の都合ばかりを考えていました
そういうことを身を持って教えてくれたの?
(あまりに残酷すぎる・・・)
ほんとうに許せないのです
今さらになっていろいろなことに気付く自分が
無償の愛がそこにあったこと
それに対してなんの返答もできなかったこと
あなたが
ほんとうはきっととてもさびしかったこと
ほんとうはきっともっと苦しんでいたこと
わたしはそれを無視していたも同然
どうして・・・?
あなたが与えてくれたものの1%も
わたしはかえすことができなかった
途方もなく甘えていた
必然のように思い込んでいた
自分が情けなくて悔しくて
でももう泣く以外に方法がない
いなくなってから
いろいろなことを初めて知りました
あなたはもはや
物語る対象になってしまったのです
そしてわたしも今
あなたを物語ることを始めました
今度は忘れていくことがこわいのです
大切なものは失われたときに初めて気づくという
ありきたりな言説が
焼印のようにわたしに痕跡した
ありきたりだけど何よりも大切な言葉が
言えなかった
ありがとう
ごめんなさい
さようなら
ありがとう
たとえ神がその日生まれていたとしても
わたしはこの罪を
自分自身で贖わなければならない