しょうきょほうのきそは、まるばつ。
まるがだめなら、ばつがせいかい。
ばつがだめなら、まるがせいかい。
あとは、せんたくしのぶんだけ、
ぱたーんがふえる。
しょうきょほうをつかうと、
かくりつがあがる。
すうがくでは、そうだ。
ぱたーんは、おもしろい。
だから、ぎゃんぶるにつかえる。
だが、
「ぜんていがまる」でないと、
どうりにはあわないけっかとなる。
こうどうのけっか、ふこうになるのだ。
すうがくでは、
しょうきょほうじょう、
ばつになるときがある。
そのとき、
まる、ばつ。
ばつ、ばつ。
だといみがちがう。
「こたえのせんたくし、をふやす」
うえで、しょうきょほうは、つかえる。
すうがくは、「あたまのなか」だけ、
をぜんていにつくられている。
だからげんじつせかいでは「ずれ」がある。
ろんりてきには、できる、とか。
ろんりてきに、かのうなすうち、
「ろんりち」とかいう。
げんじつせかいは、かならずしも、
すうがくてきには、いかないものだ。
ぜんていが「ぜんりょう」でないかぎり、
きせきは、うらぎりとなる。
ぜんりょうとは、にんげんあい。
それは、かぞくあい。
きょうだいあい、しんゆうあい、
そして、れんあい。
「あい」がじゅうようであり、
「さべつしない、こころ」がもとめられる。
「あい」がないと、すうがくは、
せんそうどうぐになりさがるだろう。
がくもんのじゆう。
それは、なにをしてもいい、
といういみではない。
もくてきのために、しゅだんをえらばない、
そういうかんがえを、すてるところから、
はじめなければならないだろう。
それが「がくもんと、ともになる」こと。
そして、かがくをみかたにつける、
じょうけんである。
じんたいじっけんは、かがくの「きんき」。
にんげんどうしが、ころしあう、のろい。
「あいのりかい」
それはかんたんなようで、
いがいにむずかしいのかもしれない。