新しい葬式(無駄や無理を省いた新葬式のあり方) | 素直さを大切に

素直さを大切に

恐怖感から自由になりましょう
☆集中カウンセリング

葬式の常識を破壊する内容を提案し、金銭的に一般的な葬儀社へ申込む余裕のない方向けの内容です。金に余裕がある方は読む必要はありませんし、実践する必要もありません。
借金して葬儀も大変な方などにはこの実践はおすすめします


亡くなる前に介護代や病院代でも大変な片も少なくなく、さらに無くなると葬式で追い討ちをかけてお金が掛かります。理由は葬儀がぼったくビジネスだからです。これから述べる事は全ての葬儀社や全ての坊さんではありませんが、ほとんどと考えても特に差し支えありません。


葬儀ビジネス、坊さんビジネスは儲かる理由はぼったくりと勘違い商法の手法を取り入れてるからです。

あなたもいつかは喪主になる可能性がありますし、またあなたはいつかは死にます。
あなたの葬式あるいはあなたが喪主になる可能性はあります。想定内として事前に考えて身内に葬式のあり方を伝えておきましょう

葬式も坊さんもビジネスであり金儲け主義になってるので、葬儀社にお願いして50万円~100万円掛けても無駄使いです

坊さんもお経を単に読んでるだけなので、3万も5万も取られるのは馬鹿らしい事を知るべきです。坊さんは「お経を単に読むだけです。死これで死者が供養され天国にいくことはないです」と説明さえありません。坊さんが読んだからと言って何の有り難みもありません。また坊さんがお経を読んで「ありがたい」とは何か?死者がどうなるのか?その答えはどう実証し、そうでなかった場合は返金するのか?とかも聞いた事は一切ありません。そうであるならば時間も金も無駄です。

ただお経を読むだけなら5千円でも十分です。多くの坊さんはただ読むだけであり、亡くなった方の供養はできてません。地獄に行く方が坊さんの読経で天国にいくはずがありません。
実際いとこの母親は浮かばれてませんでした。
なので、ぼったくり坊さんに読経料を支払う金が厳しい方は、特に省いても大丈夫です。※坊主が注文を受ける前に事前説明があり読むだけですと言うのに納得してるならぼったくりではありません


理由は坊さんの読経で供養になって天国へいくはずがないからです。供養にならないなら坊さんのお金は無駄です。読経料と言いました理由は決して布施ではないからです。事実上で定価として三万とか五万とか葬儀社が口に出してそれを坊さんも認識してるのであれば布施とは言えません。

布施は与える事です。与える事であるにも関わらず、暗黙のぼったくりを布施とは言わないのです。布施どころか奪ってます。また、坊さんには霊を信じない唯物論の坊さん風が多数存在して、この坊主ビジネスに関わって生活の糧としています。

霊や供養とは何かを知らない坊さんの説教で亡くなった方が浮かばれるほど簡単であれば、その坊さんは、偉大なるお釈迦様の説かれた仏教を知ってません。「仏教学」をしてたとしても「仏教」をしてるわけではありません
お釈迦様は葬式の作法を説いたのではなく、この世とあの世の法則や正しい人間としての生き方を説かれたのです。

しかし、そうは言っても、、、
世間体や立場とか沖縄のしきたりとして、葬式に来る人対象にしてるならばされても構いませんが、それは金銭的に余裕がある方向けの話なので、ここでは最初に伝えた通り余裕がない方への提案です。

葬式で一番高いのが告別式の会場です。安くても10万円は取られます。告別式がそれでもされたいのであるならば公民館や会議室とかあとは、自宅の駐車場にテントを張ってされる事は安くすみます。

因みに、自分は告別式会場は借りなくて、自宅の駐車場で行いました。道まで皆さん並んでましたが、僅か30分で終了です。その僅か30分で10万円の会場費用はぼったくりです。




献花をとうするのか?


そもそも献花とは誰の為なのか?身内や告別式に参列する方々が対象になってる場合がほとんどでしょう。

亡くなった方が主人公である葬式が、告別式に参加される方々から献花もなければ寂しい葬式となり、世間体的にも批判されるので、献花が告別式参加対象になってるのであれば、必要はありません。(ここではお金が厳しい方への内容です)

その費用があれば棺に入れる献花を贅沢にすべきかと思います。

できるだけ入れる方々の心を込めて花を棺に入れる事が大切です。

花はできればされることをおすすめします。
また、棺に入れるお土産としてその方の好きな良本や明るい本、生前大切にされていた物も良いかと思います。


大切なのは、良い心の布施です。
愛の心 
感謝の心
優しさの心
等を亡くなられた方へ布施することです。
布施とは与える事です。


三万とか五万とか相場と称してぼったくりをふせとは言いません
火葬プランと称して、病院からの搬送から収骨までと言うので申し込みしたら、なんと火葬費用は別途料金を盗られたそうです。詐欺です。申し込みして、搬送し、翌翌日にいざ火葬当日に火葬費用を別途請求されたそうです。最初の「搬送から収骨まで込み」とは嘘或は騙されたそうです。セットと言っても勘違い商法なので本土に気をつけてください。葬儀ビジネスに心はありません。いかにぼったくれるかに集中してます。
このセットで全部込みと言う言葉に騙された人や勘違いされた方は少なくないはずです

先程布施とは与える事と伝えました。
具体的には、線香をするときに「言葉」と「思念」で良い心を手向ける事になります 

それが、本当に供養に良い影響をしますし、亡くなられた方にとって喜ばれるエネルギーです。

葬式は、喪主が主役ではなく、葬式に来られる方々が主役でもありません

なので、その亡くなられた方が主役であり主人公であること考えると葬式では省けるものが見えてきます。必ずしも必要ないのが判明してきます。

新葬式で
最低限必要なのは5つあります。

①亡くなられた方への良い思念
②火葬に必要な棺
③火葬
④骨壺
⑤それを行うお金

②の棺はホームセンターでベニヤ板で作る事も可能かと思いますが、いきなり死ぬので準備してない場合がほとんどなので2万円前後の棺代金が必要です(詳しくは分かりません)

③火葬費用が約6万円前後(住所によって違います)
※市役所で火葬費用の補助金2万円前後があります

④の骨壺に関しては、100均でタッパーとか或はホームセンターで10リットル位の容器で古くなっても大丈夫なのを骨壺として使えば良いかと思います。タッパーを骨壺ってとんでもない方は約15000円~20000円で骨壺を買えば良いでしょう。

骨壺の壺を骨を入れて保存には便利と最初に考えた実践した方がいて、それを多くの人々に受け入れられたから常識となりました。

これも常識の作り方を以前伝えた通り、新しい常識を作れば良いのです。また常識とならなくとも、亡くなった本人或は家族がそれを了承すれば、どんな骨壺でもそれが心を込めて扱えば供養に影響します。

大切なのは①の良い心の布施です。ある意味葬式のそれが全てです。


実際に自分の父親の葬式は、
自分の実家の駐車場で行った告別式では、周りを青いビニールシート生地で囲って、黒い生地も使用して、一番安い祭壇を葬儀社から借りて行いました。
自分からするとお坊さんは意味ない無駄使いなので呼びたくなかったのですが、母親がお坊さんは絶対に呼ぶと言うので一万円に値切って交渉したら、即答でOKの電話が葬儀社から掛かって来てました。それは布施であるならば三万円のところを一万円に割引しても了承するのは不思議なことではありません。

僅か30分で一万円の商売は良い儲けです。

時給一万円ってなかなか聞いたことありますか?あまりないでしょう。

しかし、真の意味で供養になり天国へいけるならばお坊さんならば10万でも30万円でも安いくらいです。

そうでない読むだけなら誰でもできます。
実際に父親の葬式では、自分がお経を告別式の参列者のほとんどに聞こえるくらいに大声で読経させて頂きました。最初はみんなざわめき何事かと新葬式の姿に驚いたようです。読むだけだから資格も入りません。

また、葬儀の常識を破壊すべく、黒シャツに好きな刺繍をカラーで入れて、「葬式=黒の服装」と言う人々を縛る常識からはみ出して、亡くなられた方へ好きな服装で行いました。しかし清潔さの礼節は失わない事は必要です。


皆さまが驚いても驚かなくても、主役は亡くなられた父親です。世界一愛する父親に心を込めてさせて頂きました。だから父親の写真に向かってに集中して読経をしてたので、回りの告別式の参列者が線香をされてるときは、誰が来てるのかも分かりませんでした。
後で香典で分かりました。

大切なのは、誰のために葬式をして、その葬式は本当に供養になって意味があるのか?ないのか?
供養に必要な最低限の事を、また亡くなられた方の希望に可能な限り添って行うことが大切かと思います。

棺が10万円のしても燃やしたら同じ灰になってしまいます。骨壺も絵が入るのか丸い骨壺か関係なく、全部の骨が灰ってちゃんと保存されるならばどんな骨壺でOKです。

もしかしたら、100均で買ったのを骨壺にして、みんなの笑いのエネルギーが亡くなられた方へ伝わったならば、それで元気のエネルギーが流れるはずです。

もし、100均の入れ物の何かを骨壺として使った方からと言って、それを批判したならば、その批判の思念を亡くなられた方へ向けてる児とこそ責められるべき事だと思います。
再再度言いますが、お金がある人向けでこの内容は伝えてません。金があるならば骨壺も100万も掛けても構いません
タッパーを骨壺?
1000年前、2000年前の常識と今の常識は違います。その当時の骨壺はどのようなモノでしょうか?

また、1000年後、2000年後の未来の葬式では、今の100万円の骨壺は笑われるレベルかもしれません。


このような常識とは、白紙に戻して考えると、新しい常識の葬式が現れるかと思います。

しかし、決して間違っていけない事はどんなに時代が進んだとしてもどんなに文明が進んだとしても、大切なのは良い心、良き思念、愛の心、感謝の心、優しさの心、美しい心などを布施することです。それが消えることがあってはなりませんし、別のものに変わってはなりません。

いつまでも原理主義にこだわって時代に合わなくなる場合は変更して、その時代の新常識に合わせる事も必要だとしても、もし心がないならばそれは間違ってると思います。

ネットで墓参りで心はあるのか?どうか?でしょう。疑問が残ります。
亡くなられた本人の供養に良い影響を与えて供養になるのかどうかは大切です

もし、この内容を実践しようと身内に批判されたならばこのURLを教えて、或は内容を伝えてください。

お金のない方や余裕がない場合はこの新しい葬式で(約10万円以内で)OKでしょう。

もし、普通にすると70万円掛かるとしたら、60万円も安くすみますので、その60万円分を別の何かに使えます  

最後に伝え忘れてましたが、骨をどうするのか?墓代も馬鹿になりませんので、自宅の押し入れかどっかに入れて置けば安くですみます。

因みに、どっかの御寺などに年間費用を毎年支払ってその寺に置いておくと、それは、その寺の宗教に入った事を意味します。つまり、過言すれば、その宗教に死後に縛られると言うか、その宗教の村人になる言うか、言葉で表現できにくいのですが、その寺は宗教ですので、その宗教の影響を死後に亡くなった方が受ける事を意味します。特に邪教でなければそれほど問題はありませんが、その骨を納める場所の人がどのような人なのか一般的には判断は難しいかとともいます。

よって住み慣れて家族の仏壇がどっか家の中に安置して置くのが良いかと思いますが、生前の生き方が悪い方の安置だと多少問題はありますが、、、

葬式は、亡くなられた方がよりスムーズに天国へ行くために亡くなられた方の為に行われるはずです。
天国、地獄はあります
地獄とは意識の世界ですが、分かりやすく言うとするならば、もしあなたと全く同じ性格や心の傾向性を持ってる方が100人と同じ屋根の下で生活をするならば、心を一切隠さないで本音で生活するならば、あなたと同じ性格がいて幸せですか?と自らに問いかけて「NO」ならそれを地獄と呼んでるのです。あくまで分かりやすく言っただけです。「YES」なら天国と考えられます。それもあえて分かりやすく言えばです


一般的な葬式があげられなかったから心残りの身内も、告別式が終わっても、別の平日でも良い時に感謝の心を手向ける事で、亡くなられた方へ供養になると信じます

これまで述べた事よりも最も大事な事は、生きてる時に、生前から供養されなくても良い正しい生き方を努力すべきです。間違った思いや黄道は反省し、愛、感謝、思いやり、正義、美、など良い思念で正しく生きることで、供養されなくても天国へいける生活をするべきでしょう

そうすると、浮遊霊や悪霊となり身内や縁ある人に取り憑いたりして迷惑をかける心配はありません

「●●さんが亡くなって落ち着けて平和ですね。亡くなってよかったですね」とか言われる生き方ではなく、「●●さんのお陰で幸せでした。良い影響を受けました。亡くなって本当に残念です」とかなら良いですよね✨

ありがとうございます。