私の心が何か出口を探すヒントを求めているようです。
特に感じる(不安、恐れ 無力感)から、どうしたら脱することができるのか?
今年に入って特に感じる感覚です。
友人に勧められた本が今話題?のアルフレッド・アドラーでした。
アドラーは目的論をといている。
目的論とは、私の場合であれば、不安や恐れ無気力は「自分でなりたくてなっている」との見解。
何故か?
「人は人生の敗北を避けるために、あらゆるものを利用する」と書かれていた。
実に厳しい・…。グサリときました。
でも私自身そうだよなと、納得する所がありました。
不安や恐れ無力感を作りだすことで、自分は何を避けているんだろう?と自分を見つめてみた。
心の奥に何かを仕舞いこんでいる感覚を感じました。
なんだろ~????
じっくりみつめていくとボンヤリ感じてきたのが「みじめさを感じている自分」でした。
気が小さくオドオド、びくびくしている自分。
それを人にバレてはならんと、必死に隠している自分、
人にだけではなく自分自身にも隠していた。
自分には隠しても隠しきれないのでどこか解っていたこと。
でも「そうじゃない」「違う自分」を演じて自分をごまかしていたんだなと思いました。
こんな生き方をしているからいつまでたっても自信が持てない。
自分に嘘をついている状態なので、どこかで罪悪感を感じていたのかもしれません。
そんな自分を発見したとき。
みじめな自分をず~っと隠していたんだと分かったとき。
気持ちが少し軽くなったのを感じました。
適切な表現ではないかもしれませんが、「犯罪者が罪を認めて楽になった感じ」かな?
もう演じるのに疲れたし、嘘を続けるのに限界だったのかもしれません。
自分をごまかし続けるのは実は一番苦しいことなのかも?と思いました。
みじめな自己像。
それが人にばれるのを恐れて必死に隠していた自分。
「最低で最悪でした」
でもそれが自分なんだ、自分が描いてきた自己像なんだと受け入れたら、
これより最悪はないな~と安心感が芽生えてきました。
あとは上がってゆくのみと心が落ち着いてきました。
最悪な自分でいい。
これが自分だから。
飾らなくていい。
これが自分だから。
人が認めなくてもいい。
自分が認めるから。
そんな気持ちになり気分が随分楽になってきました。
これから、愚かな自分を愛していこうじゃないか。
だって自分をやめることなんかできないからな…。
ゼロの自分を受け入れたら1にしていけばいいだけ。
たとえゼロになってもそれが自分、そんな気持ちで今は気分がいい。
たぶんまた不安や恐れ無力感に襲われることだろうと思います。
そしたらまた最低最悪の自分を受け入れて生きていきたいものだな~と思います。
こんな気付きをくれた本
気になる方はお読みください。
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