私は自然をしらない。
人との距離の取り方がわからない。
こわい。くるしい。
私は小さな時から四角い世界で生きてきた。
砂遊びや泥遊びは汚ない、バイ菌いっぱい、お洋服が汚れる、女の子だから日焼けしてはいけない、空気が悪いからマスクをして‥と言われてきた。
外から帰ってくると、殺菌のために、長々と洗剤であちこちを洗う。
かわりに、感性や五感を磨くためのお教室に通った。
四角い部屋の窓から走り回って遊ぶ友達を寂しく見つめていた。
母は、勝ち誇ったような恐い顔で、友達を見下ろし、私に微笑んだ。
余計なことを考えるな。。
近所の野蛮な同級生と交じり合わないようにミッション系の学力の高い幼稚舎に受かった。
送り迎えする母の車の中に注がれる陽光に包まれていると、身体がムズムズして駆け回りたくなる。
でも、その車は、そのままお稽古、塾の四角い部屋に向かう。
私の通う学校は、レベルが高いと言われていたけど、内部は陰湿だった。
ひどいいじめもよくあった。
誰もが知らんぷりをしていた。
母に関わるなと強く言われていた。
関わると進級に差し支えるし、就職にも響くんだそうだ。
次元の低い子たち‥なんだそうだ。
次元の低い子たちのお話をするとき、母はまた勝ち誇ったような恐い顔をする。
私は、いじめをしたことがない。
それは、私の優しさではなく、学校と母の評価を恐れていたからだ。
三者面談ではよく褒められた。
人に優しくするとか、自然を大切にって、神学の授業の時だけの話。
地球がまわるとか、季節だとか、そういうのは、頭の中に参考書が入っているだけ。
ほんとうは、四角い部屋に朝から日暮れまで、家に帰っても綴じ込もっていて、人に勝つことしか教えられていないし、強要されている。
良いところに就職して、良いところの人と結婚しなければならない。
時々、教室の窓から差す陽光の美しさと揺れるカーテンを眺めていると、私はひどい貧困を抱えているような気がして、走って逃げたくなる。おかしくなりそうになる。
私は、他の子より恵まれてる。
母の勝ち誇ったような恐い顔が浮かぶ。
余計なことは考えるな‥
私は、大企業に就職が決まった。
今まで一度も日焼けしたことのない白い肌と幼稚園からの学歴の高さをちやほやされた。
ちやほやされたのは数ヶ月だった。
大企業なのに、私たちの仕事は商人だった。
ゴール間際だったはずの地点は、地獄だった。
母が卒倒するくらいの海千山千の人たちを相手に商売しなくてはならない。
私より学歴がはるかに落ちる上司、取引先、先輩、お客様、、
容赦なく激しい数字を求め、攻撃してくる。
お前は自然じゃない!
目が笑ってない!
ここは学校じゃない!
達成できなきゃやめてしまえ!
そんなやり方じゃナメられるだけだ!
私より学歴の低い同期は、スイスイとうまく人に助けてもらったりして、ぐんぐん伸びている。
私は、人との距離がわからない。
「あなたは、人としての最低のことがなっていない」
先輩にそう冷たく言われた。
私は、わからない。どうしたら、同期のように、いろんな人と自然に交流できるのだろう。
泣きながら車を運転していると、晴れ間が出てきて車内が柔らかな陽光に包まれた。
幼き日、母の送迎の車内で感じたムズムズを思い出した。
私は、自然を知らずに生きてきた。☆
ああ。気づけば春だ。☆
春、なんて美しい陽射しなんだろう。☆
今、ようやく身体で春がわかった。☆
(あなたね、植物を、お花でもなんでもいいから育ててみてごらん。楽しいよー)
以前行った取引先のパートさんが優しく声をかけてくれた。ひどく落ち込んでいる私にコーヒーを淹れてくれた。
ちょっとだけ寄り道して、お花の小さな苗を買いにいこう。
私は車のハンドルを大きくきった。