お仏壇やお墓など、そういった場所で手を合わせるとき、
私は無所属なものだから、なんて言おうかな?っていつも考える。
誰に対しても、お決まりの定型文で済ますことを潔しとしないこの性格。
『ねーおかあさん。
なっこちゃん不思議でたまらないんだけど、
先祖って、ずっとずっとずっとずっと戻していくとさ、世界中で二人にならない?
ねーおかあさん、どうして?なんで?』
こんな疑問を幼い頃から母にぶつけていた私です(笑)
壮大な血の繋がりをもって私はここに誕生しています。
~えっと。ご先祖様。
不思議な繋がりによって、今、私がここに生きております。
私は、今生でがんばります。(たまに怠けます。いや、よく怠けます。)
だから、皆さんもそれぞれがんばって下さい。~
チーン。。。。。
先祖はもう、先祖ではなくて、それぞれ宇宙、地球にて、また単体で産まれ、また成長中なはずだ。
もう、「うちの先祖」という縛りはないはずだ。
だからおまえもがんばれよ!っていうね。
がんばるって言葉は今、タブーっぽくなってるけど、やっぱりがんばらなくてはいけないことのほうが多いよ。きっと。
私は、私の前までの間違いを世襲しないように、間違いを、息子に渡さないように、日々、インナーマッスルを鍛えている。つもり。つもり。。
どう考えても、過去の人より進化していないとおかしいから、あまり、過去の人々を崇めすぎるのもおかしい。
それを超えるために現存の人々っているんじゃない?
そして私も、過去、あちこちの祖先でもあったはず。
だから、過去も未来も、
わたしもがんばるから、おまえもがんばれよ♪
という壮大な曼陀羅の中で、生意気な事を祈るのです。☆
☆もし、私が今、私の子孫である家庭が、先祖供養で苦しんでいるのを知るとしましょうか。
代々先祖供養に厳しい戒律のある流れで、家計などを逼迫していたり、跡取り、墓守り問題で、苦しんでいるのを知るとしましょうか。
「そんなことしなくていいよ。☆
あなたは自由に生きなさい。☆
そして、あなたの人生をがんばりなさい。☆」
真っ先に言うと思うよ。
罪悪感なんて棄てなさい。
だって、ワタシはもうイキテルからね♪