若い頃、画材店で働いていたことがある。
仕事への向上心?の欠片もなく、ただ色とりどりの絵の具の群れを見つめていたかっただけ。
暇な時は、好きな色の前でポケーっとしていた。
ナンバーワンホステスはあっさりと辞めた。
(この仕事は、愛する人に愛されない仕事だ…)
俗に言われる色恋営業みたいなことは、ほんとイヤだったからね、
笑いと気遣いと人の名前と、その人の趣味嗜好の記憶力が抜群だったから
それだけで、大人気だった。どこへ行ってもスカウトされた。
だけど、変な部分が非常に消耗する。
(あぁ。最後はダレのことも幸せにしない仕事だな…)
そういうことで、色の群れたちは私を癒した。
その画材店に時々いらっしゃるお客さんに、妙に惹かれる人がいた。
ぽそぽそと控えめに油絵の具を吟味し続けていて、何種類かを買って帰る。
おじいさんともいっていい年代だったけど、
その絵の具の選び方が、なんともよかった。
(あ~ほんとに好きなんだろうな~)
という独自の空間が取り巻いていらっしゃった。
時々、領収書をきった。
〇〇産婦人科。
へぇ。お医者さん?
この人ならネーチャーな感じでお産させてくれるかな?
私は密かに、子供を産む産院をここにしよう☆と、あてもないけど決めた(笑)
それから数年のち、憧れのその産院へ通っていた。
だけど、私の妙に好きなおじいさんがいない。
院長は別の人だった。
もう、辞めちゃったかな?
産後の慌ただしさで、そのことも忘れていた。
退院も迫ったある日、助産婦さんから、乳腺のマッサージを受けていた。
助産婦さんはみんな優しくて親切だったな~
『うちの母、今、「孫」を聞きながら電話しよるよ~♪うふふなんて電話してきてね…』
笑いますよね♪
なんて会話していたら、ふと、あのおじいさんが浮かんで、
『そういえば、名前は知らないんだけど、ここの病院に絵を描くおじいさんいませんか?』
??さあ?ちょっとわからないです…。
『そっか~、前にね、画材やで働いていた時に、時々、お見えになっていてね、そのね、絵の具の選び方の風情がなんとも好きでね、子供産むならここだと、決めてたの。産院を選んだ理由がそれなんて、聞いたことないでしょ?」
………。
ひょっとして、〇〇さんのことかな!?
えっ!?いる!?
ええ、〇〇さんは院長の昔からの友達で、定年後に、院の中の雑用をしてくれたり、絵をたくさんかいて、子供の部屋に飾ったり、あそこのアンパンマンの絵もそうなんです!
えーーーーーーーー!
〇〇さん、ほんといい方です!私たちも大好きなんですよ!
あ!今日いらっしゃるから、今のお話、してみます。すごく喜ぶと思いますよ!
ロビーに出てきてくれた〇〇さんは、あの人だった。☆
意味もなく涙が出そうだった。
お話した〇〇さんは、やはり茫洋と優しく、底深い知性を感じる人だった。
アノとき、疲れた私を癒した色の群れの管理人のようなおじいさんだった。
退院後、一枚の絵が届いた。

末永いご多幸をお祈りしております 〇〇
私の名字と、産まれた季節をとっての梅の花の絵だった。
嬉しかった。ほんとうに。
お礼の電話をすると、奥様がでられた。
『主人はね、ほんとうに喜んでいたんですよ。
なかなかね、年をとると寂しくなるもんでしょ?』
〇〇さん、アノときの子は今年、高校生になります。
早いものですね。
そうそう、あの産院で産まれた親友ね、
奇遇にも同じ高校を受けるみたい♪
梅の満開の頃に産まれた二人は、今でもすごく仲良しです。
不思議ですよね。。☆
お元気ですか?