少し、お年を召した紳士がお見えになり、
お供は一人。
いろいろ見てまわられ、
海に陽の落ちた頃、私を書庫にお呼びになり、
「新聞でみました。じっとしていられなくてね」
とおっしゃり、白い封筒をくださいました。
名刺をみると、伊藤忠兵衛と書かれてありました。
あの伊藤忠の忠兵衛さんでした。
初めていただいたご寄付でした。
「冬に暖房なんかいりません」
という町の人を信用して、
そのため、板の廊下で、暖房はありません。
私は働きにいかなければなりませんから、
夜中にこっそり、出かけようとしたとき、
「まり子ちゃん」と呼ぶ声が聞こえました。
飛んでいって抱いたら、
不自由な足が氷のように冷たくて、
廊下をはって、追いかけてきたのです。
………
駅のそばに『店じまい』とかいたカーペット屋さんがあったっけ。
………
すごいすごい大バーゲンでした。
いただいたお金は、
全館敷いてもまだ余り、
何年もつかった赤いカーペットでありました。
その上を泳ぐように歩く、足の不自由な子、
転んでもけがをしないので安心して歩く子、
ありがとうございました。
あのときのありがたさ。
一生忘れません。
『約束』より。
宮城まり子さん。。