こら、おっぱいだせ! | シン・135℃な裏庭。

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トシミツは、お父さんもお母さんも知らない。


トシミツは脳性マヒ。


いちおう、医者の手を離れるということになり、入院していられなくなり、ねむの木に東京都の人と、北療の保母さんに連れられてきた。


五歳だった。


学習能力は三歳くらい。

すぐプゥーと口をとんがらかす。


乱暴する。かまってもらいたいからだ。


無理もない。お父さんの味もお母さんの味もしらないのだから。


はじめて逢ったとき、


「トシミッちゃん。」と呼んだら、


「トシミツ。」と口をとんがらかして答が返ってきた。


幼児言葉をつかわないところが、ほほえましくて、よかった。


「お友だちになろうね。」と言ったら、寄ってきた。


二度目、私になぐりかかってきてこう言った。


「コラ、オッパイダセ!」


私は、彼が、オッパイにさわったことも、口をつけたこともないことに気がついた。


どうしようかと思った。

お日様のひかる運動場で、セーターをめくって、

トシミツのためにオッパイをパッと出した。


「ハイ、オシマイ。」


私は言うとトシミツは、

「ウン。」と笑って走っていった。


私は考えた。


あの子がだれにでもそんなこと言ってはいけないと。


追いかけていった。


「トシミッちゃん。オッパイはまり子さんだけ。

だれにでも、オッパイクレって言うのは、いけないのよ。」


「ウン、僕ノオッパイダネ。


僕ノオッパイダネ。」


私は、自分の子どものころを思い出していた。


十二歳の時、母が入院しているとき、


ベッドの下に寝ながら手だけのばして母のオッパイを、いつもさわりに行ったのを。


十二歳にもなる私でさえ、母のオッパイがさわりたかった。


まして、五歳で学習能力三歳のトシミツが、


オッパイを恋しくないはずはない。


そして、生まれてから、一度もさわったことのないオッパイ。


私は、もしかしていけないことかも知れないと思いながら、してしまった。


ねむの木に行くたびに、パッと走ってきて、


「コラ、オッパイダァ。」と言う。


人がいても、いなくても、おかまいなしだ。


でも、秘密っぽくなってはいけないと思い、


私は、人目はないが日の当たるところで、パッと開けてやった。


あるとき、顔をキュッとくっつけてきて、そっと口をつけた。


「こら、くすぐったい。」と言うと、


「僕ンダイ。」と言った。


でも満足げに笑って、みんなのところに走っていった。


一年生になる日、トシミツに言った。


「あしたから一年生だもん。


もう、赤ちゃんじゃないから、


オッパイはなし。


トシミッちゃんは一年生だもん。」


「ウン、僕、一年生ダモンネ。


一年生ダモンネ。」


それから、トシミツは、オッパイはさわりにこなくなった。


でも、ときどき、恋しいらしく、わざとぶつかってくる。


そして、オッパイにどかんと当たる。


…………


病院から退院するとき、(アキレス腱の延長手術)


靴と帽子を買いにデパートに連れて行った。


一階の噴水のところに、赤ちゃんを車にのせたお父さんがいた。


遠くで見つけたトシミツは、


ものすごい勢いで飛んでいった。


「赤ちゃんダァ。」


両手をひろげて自分の赤ん坊めがけて走ってくる子どもをみてお父さんは、


乱暴されるのではないかと、一瞬身構えた。


赤ん坊のまえに止まったトシミツは、


それこそ、そーっと、そーっと、


両手をのばし、赤ちゃんのほっぺたを撫でた。


「赤ちゃんダァ。赤ちゃんダァ。」


お父さんはほっとし、でもそういう表現をする子を不思議そうに見た。


トシミツは、私に抱きついて言った。


「マリ子チャン、ネ、赤ちゃん買ッテ!


クツモ、ボウシモイラナイ、


赤ちゃん買ッテ。」



このごろは、もうオッパイは言わない。


足も手も、前よりよくなった。


トシミツは、いつになったら知るのだろう。


デパートに赤ちゃんは、売っていないって。






『ねむの木の子どもたち』より。


宮城まり子さん。。










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*本日のあじさい