「人間ってものは魂がある。
とあんたはいつか言ったっけな。
ばか言え、と俺はあの時思ったよ。
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しかし、あんたの家に行って、
何だったか内容なんか全部忘れてしまったけど、
話をしていた時、
俺は正直言ってびっくりしたね。
世間にはこんな話もあるのかと思ったね。
それまでのうちの話は全部、
人間の皮を上からなでて行くような話題ばかりよ。
何をしたら、どうもうかったとか、
誰と誰がくっついたとかはなれたとか。
誰が家を買った、株でもうけた、選挙でどうした、
どう出世した、どこの学校へ入った、
と、それだけさ。
親父はよく『そんなことすると、後で責任とらなきゃいけないぞ』
という言い方をした。
普段ほとんど口をきかない男が、
そんときだけ、声だすんだからな。
おふくろも同じようだった。
『かかわり合いになるから、断ったほうがいいよ。』
というせりふを何度聞いたか知れない。
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『誰でも思いを残して死ぬのよ』
いつかあんたがそう言った事を
今、毎日思い出しているんだ。
俺はその言葉を言ったあんたの横顔まで思い出せる。
今、あんたのその言葉だけが慰めだ。
他の言葉は全部忘れちまっても、
この言葉さえ覚えていればいいと思う。
感謝してるぜ。
じゃ、 またな」
天上の青
曽野綾子さん。
*死刑因が好きなひとにあてた手紙。。