なんだか、延々と続く荒野をひたすら歩いていると、自分が残念な奴に思えて仕方ないんだが。精神的ダメージを与える地なのか、ここは。
 数多くの戦友たちはどうしたものか。そのうち落っこちてくるんだろうか。そう、例えば、戦いにおいて莫大な魔力を惜しげもなくふるってくれた――。
 ひゅううううう。どこからか風を切るような音が聞こえてきた。
「ん?ひゅううう?」
 上を見上げる。その瞬間、オレの目の前は真っ暗になり、顔に何かぶち当たる。それと一緒に地面に倒れこむ。
「ぎゃああああ鼻がぁぁぁぁぁ」
 鼻を抑えてゴロゴロとのたうち回るオレ。血の味がする。
「邪魔です」
 ベルに蹴られる。オレはこの瞬間を一生忘れないと決めた。
「ベル!」
 アスの鋭い声。よし、なんか言ってやれ。
「楽しそうだな、俺にもやらせろ!」
「マジかよ!?この人でなし!」
「俺悪魔だもん!」
 二人にどかどかと蹴られ、オレは心と体に大きな傷を負った。これ何、いじめ?とか思いつつなんとか起き上がる。落ちた時より確実にボロボロになっている。
「……」
 オレの上に落ちてきて、そこに立っていたガキは、まぎれもなく……オレの右腕として力を発揮してくれた、ベルゼブブだった。
「何このガキ」
 アスがケンカ腰でベルゼブブに近づく。待てやめろ、潰されるぞ。と言おうとしたが、先ほどの恨みもあったのであえて言わなかった。
「かわいいな、名前なんて言うの?」
 なんだこいつ、つまんねぇの……。いやみったらしく舌打ちを繰り返すオレ。
「ベルゼブブ、おめぇも落とされたか?」
 ベルゼブブを見据えると、奴はオレを上目づかいに見上げながら、つぶやくように言った。
「……ルシフェルさん、ついてきた……」
 ……ついてきた?オレの目が点になった。そして、怒りを通り越してため息が出る。
「わざわざ自分から落ちるなよ、これじゃあオレたちの負けは確実じゃねぇか……」
 バカというか、純粋というか、ついていけないというか。このハエ野郎……。
「もうどうでもいいや、笑っちまえ」
「やけになるな、ルーシー……。これからがんばりゃいいじゃねぇか……」
 泣きそうになりながら笑うオレの肩を、アスが叩く。お前調子よくねぇか、と言おうとしたが、声が詰まった。
「ベルゼブブ、ですか。どっかのハエって聞いてますけど」
 ベルがベルゼブブの前に立ち、頭を掻きながら大あくびする。あくびするなとは言わねぇ、せめて口を抑えやがれ。
「お前って肝座ってんのね」
 アスが苦笑する。
「……おなかすいた……」
 ベルゼブブの腹がぐーっと鳴った。なんて緊張感のない奴だ。
「だよな~。あの戦いで俺達ろくに食ってないもんな。なんかねーのか、ルーシー」
「オレに振るところが理解できねぇ。持ってるわけねぇだろうが。あったら隠れて食っとるわ」
「そんなことできるなんて最悪ですね、ルシファー君」
「ルーシー……?ルシファー……?」
 ベルゼブブが首をかしげる。
「オレの事だぁ。おめぇももう落ちたんだ、オレになれなれしくしてもいいんだぜ。……もう上司じゃないんだし」
 オレはそういい、ベルゼブブに背を向けた。
「ルーシー、涙と鼻水が」
「これはダシだ、バカ野郎……」
「だ、ダシ!?全然カッコよくねぇ!ごめんちょっとひいた!」
 上司じゃなくなるなんて……オレがこいつらと肩を並べるなんて……。
「ベルゼブブ……」
 ベルゼブブがいつの間にか隣に立っていて、オレの顔を見上げている。そして、小さな手をオレの方に向けた。
「ありがとよ、ベルゼブ」
 その手のひらをとろうとした瞬間、そこに大きな炎の球が現れ、オレの方へ飛んできた。反射的に、限界まで背中をそらせ、それをかわすオレ。髪の毛の先が焦げた。おおー、と言う歓声と、拍手。
「なんてことしやがるこの裏切りものぉお!」
 嫌な音をたてた腰を戻し、はーはー言いながら奴に食い掛かると、小さな唇からこんな言葉が漏れた。
「……ほっぺに泥ついてた……」
「普通にとってくれよ!顔ごと消すつもりかてめぇ!」
「まーまー、落ち着きなはれ」
 にぎやかなオレたちを、ベルはごろんと横になって眺めていた。
「ジーザス!」
 そう叫び、地面に倒れこむ。ベルゼブブがオレの背中に倒れてくる。
「おぶっ」
「俺もー」
「おめぇはでけぇだろ!」
 続いて、アスが。
「おえふっ」
 もう、なんか、なんていうか、……嫌……。オレは下敷きになりながら自分を憐れんだ。

「……ルシファーさん帝国……僕も協力する……」
「はいはい、あーりゃとねー(ありがとね)」
 オレは自暴自棄になりながらつぶやいた。何がオレ帝国だ。野望さえも価値が見いだせなくなっている。
「神にボイコットされたできの悪いオレなんてやっていけやしねぇよぉ」
 地の温かさを感じながら、いつの間にか生えた尻尾でぺしぺしと地面をたたく。
「ルシファー君、無駄な希望を捨てたら君は今度こそダメダメな元ダメダメダメ天使に成り下がりますよ」
「ダメ多いんだよてめぇ。余計に自信つかねぇよ」
 と言いつつ、地面に玉座の落書きをする。一回だけでもいいから座りたかったな、これ。あ、上手に書けた。
「ルーシー、まだまだこれからだ。お前、十分に偉くてカッコよくて強くて素晴らしいだろうが」
「……なに、後半よく聞こえなかったんだけど。あと三回くらい言ってくれるか?」
「はいよ。えーと、偉くてカッコよくて強くて素晴らしい、偉くてカッコよくて……」
 アスが口をつぐんだとき、オレは一人でニヤニヤしていた。そうだった、うっかりオレとこいつらの違いを忘れるところだった。
「うおっしゃあやる気出たぁ!」
 地面から跳ね飛ばされたように起き上がる。
「さっさと行くぞ野郎ども!新しき神についてこい!」
 オレは寝そべっているベルを蹴り飛ばして起こし、落ちた同志を探しに、また歩き出すのだった。
「扱いやすいな、こいつ……」
 アスの声が聞こえた気がしたが、気に留めなかった。