灰の中に、キブシは咲く。

 

平山紗倉(ひらやまさくら)

田口和幸(たぐちかずゆき)

田口幸則(たぐちゆきのり)

 

紗倉♀:

和幸♂:

 

 

紗倉M:交通事故で亡くなった彼の葬式で

 

 

葬式の受付で、和幸が紗倉に頭を下げる。

 

 

和幸:恐れ入りますが、こちらにお名前を

 

紗倉M:死んだ彼に出会った。

 

 

数週後。カフェにて。テーブル席で和幸は携帯を見ている。そこに紗倉が入店すると、和幸の元へと駆け寄る。

 

 

紗倉:田口さん

 

和幸:こんばんは、平山さん

 

紗倉:すいません。待たせましたか?

 

和幸:いえ、ついさっき来た所です。何か食べますか?

 

紗倉:いえ、ご飯は…アイスコーヒーを

 

和幸:分かりました。すいません。アイスコーヒーを2つ

 

紗倉:…先日は急にお声掛けしてすいませんでした。

 

和幸:ああ、いえ。兄から話は聞いていたので。

 

紗倉:知りませんでした。幸則に双子の弟がいるなんて…

 

和幸:兄はあまり自分や家族の事、特に俺の事なんかは話したがりませんからね

 

紗倉:仲、悪かったんですか?

 

和幸:いいえ、定期的に連絡をとっていましたよ。兄からよく「何してるんだ」とか「元気か」なんて電話がかかって来てました。私からあまりかける事はなかったですが

 

紗倉:そうなんですか…

 

 

少しの間があった後、店員が2人の元に飲み物を届けに来る。

 

 

和幸:ありがとうございます

 

紗倉:アイスコーヒー

 

和幸:え?

 

紗倉:あっ、いえ。幸則はアイスコーヒーなんて絶対頼まなかったなって

 

和幸:あぁ。兄はお腹弱いから、夏でも冷たいものを口にするとすぐにお腹が痛くなるんです

 

紗倉:そうですね。そうでした。

 

和幸:私はそこらへん頑丈で、熱がりなので。1年中冷たい物を飲みます

 

紗倉:ふふ。…あの、田口さんは何のお仕事をしているんですか?

 

和幸:家が料亭で、そこで料理作るのを手伝っています

 

紗倉:料亭…って事は、将来お店を継ぐんですか?

 

和幸:どうでしょう。親は兄に継がせたがっていましたから

 

紗倉:え?でも幸則が料理してる所なんて見た事ないです。会社もまったく無関係でしたよね?

 

和幸:兄は料理に興味がなかったようで。継ぐ気はなかったようですが、まあ親の気持ちはそんなの関係ないって感じでしたね。

 

紗倉:双子でお店を切り盛りして欲しかったんですかね?

 

和幸:さあ。どうでしょうね

 

紗倉:ということは、田口さんはすごく料理がお上手なんですね

 

和幸:まあ、和食はそこそこだと思いますよ。

 

紗倉:じゃあ幸則は、そんなプロの味で育ってきてたんですね…

 

和幸:どうかしました?

 

紗倉:いえ。幸則、私のご飯はいつも美味しいって言って食べてくれたなって

 

和幸:兄は好きな人にはメロメロになるタイプですから。実際平山さんの料理もおいしいと思っていたと思いますよ。

 

紗倉:そうだといいなあ。でも確かに幸則は、すごく優しかったです

 

和幸:兄からも、平山さんが素敵な人だと聞いていました

 

紗倉:幸則からですか?…なんだか照れちゃいますね

 

和幸:自慢の彼女だって。近いうちに家に連れてくると言っていました

 

紗倉:そうなんですか、私にはそんな話してなかったな。将来を考えてくれてたのかな…

 

和幸:…

 

紗倉:あっ、すいませんこんな話。

 

和幸:いいえ、兄の事が知れて面白いですよ

 

紗倉:えっと…和幸さんは、双子の…

 

和幸:弟の方です。幸則が兄

 

紗倉:本当にそっくりですよね

 

和幸:ええ。昔からよく兄に間違われてきました。

 

紗倉:そうですよね、2人並んだら間違えそう

 

和幸:恋人だったんですよね?

紗倉:そうですけど!それくらい似てるって事です!

 

和幸:親の趣味なのか髪型とか服装までほとんど一緒にされて、おかげで大人になってからも見た目が似るようになってしまったんです。他にも好みのタイプとかも似てて、好きな子に兄に間違われてがっかりされたりとか

 

紗倉:え…

 

和幸:…冗談ですよ

 

紗倉:あ、ああ。冗談ですか。びっくりしました

 

和幸:すいません

 

紗倉:いえいえ。田口さんは面白い方なんですね。

 

和幸:どうでしょう。実はすごく意地悪なのかも

 

紗倉:そうは見えませんけど

 

和幸:これから分かるかも知れませんよ

 

紗倉:え?

 

 

和幸:…冗談です

 

紗倉:あ、あぁ。冗談。

 

和幸:もし紗倉さんを好きになって告白をするにしても、まずはお友達からですよね。

 

紗倉:え?あ…それも冗談ですか?

 

 

紗倉:あの…田口さん

 

和幸:和幸です

 

紗倉:はい?

 

和幸:幸則も、田口ですから。よければ下の名前で呼んでください

 

紗倉:そう、ですね。和幸さん

 

和幸:何でしょう

 

紗倉:よければこれからもこうやってお会いできませんか?

 

和幸:それは…

 

紗倉:幸則の話をたくさん聞きたくて

 

和幸:…

 

 

和幸:もちろん構いませんよ。ぜひ平山さんの前でデレてる兄について教えてください

 

紗倉:紗倉でいいです。和幸さん

 

和幸:分かりました。紗倉さん

 

 

数か月後。紗倉のマンションの前でピンポンを押す和幸。少しして紗倉が笑顔で出迎える。

 

 

紗倉:遅かったね

 

和幸:閉店過ぎても中々帰らない団体客がいて。閉店作業に時間がかかったんだ。ごめんね

 

紗倉:謝る事ないよ、寒いでしょ。中へ入って

 

和幸:うん。おじゃまします。

 

 

和幸:紗倉さんの家初めてだ

 

紗倉:狭い家で、すいませんね

 

和幸:いいや?一人暮らしっていったらこんなもんじゃないの?

 

紗倉:どうだろう。他の人の部屋そんなまじまじ見ないからなあ

 

和幸:…それはあんまり見るなって言ってる?

 

紗倉:言ってる

 

和幸:ごめんね、一人暮らしの部屋が珍しくて、つい

 

紗倉:ずっと実家暮らしなんだっけ

 

和幸:うん。朝早くから仕込みとかあるし、閉店作業もしてると夜遅いし、家に住んでる方が何かと便利だし

 

紗倉:そっか、じゃあ明日も早い?

 

和幸:いいや、明日は定休日だから休みだよ

 

紗倉:あ、そっか。じゃあ今日はゆっくりできるね

 

和幸:…

 

紗倉:何?

 

和幸:いいや。なんでもない

 

紗倉:嘘、何か考えてたでしょ

 

和幸:なんでもないって

 

紗倉:絶対嘘

 

和幸:紗倉さん、結構しつこくなったよね

 

紗倉:元々こんな性格よ

 

和幸:いい性格してる

 

紗倉:どういう意味!?

 

和幸:あーあー。なんでもない。それより喉が渇いたなあ

 

紗倉:…はい。冷たいお茶

 

和幸:ありがとう…ん、この匂い

 

紗倉:え?

 

和幸:何か煮物とか作った?だしと醤油の匂いがする気がする

 

紗倉:ああ、今日の晩御飯肉じゃがだったから

 

和幸:へえ。食べてみたい

 

紗倉:絶対ダメ!

 

和幸:なんで

 

紗倉:プロの料理人に素人の料理なんて食べさせられません

 

和幸:いいじゃん。この間のオムライス美味しかったよ

 

紗倉:でもその前の親子丼には文句言った

 

和幸:文句っていうか…卵が硬かったからアドバイスしただけ

 

紗倉:一緒よ

 

和幸:今度は言わないよ。ねえお願い。俺お腹すいてるんだよ。今日忙しくて賄いなんか食べてる暇なかったし

 

紗倉:…本当に何も言わない?

 

和幸:言わない

 

紗倉:はぁ…。ちょっと待ってて

 

 

紗倉:…はい。どうぞ

 

和幸:やった。いただきます

 

 

和幸:…うーん

 

紗倉:なに?

 

和幸:紗倉さんの味付けって…。あ、なんでもない

 

紗倉:ちょっと、そこで止めたら気になるじゃない!何よ!

 

和幸:何も言わないんでした。美味しいです。

 

紗倉:和幸さんって嘘言う時は敬語よね

 

和幸:…美味しいよ

 

紗倉:もう遅いわよ!何!?

 

和幸:…うーん。ちょっと甘めだよね。沢山は食べれない

 

紗倉:そんなに?幸則は喜んで食べてたんだけどなあ

 

和幸:まあ、幸則は優しいから…

 

紗倉:それ我慢して食べてたって言いたいの!?

 

和幸:あーあー。嘘だよごめんごめん

 

紗倉:あ、そうだ。クラムチャウダーがすこしあるけど、食べる?

 

和幸:もらいたいけど、肉じゃがにクラムチャウダーってどんなメニュー?

 

紗倉:そっちは昨日の残りもの。さっき温めたばっかりだから。…はい、熱いよ

 

和幸:分かった

 

 

紗倉:…

 

和幸:…そんなに見られたら飲み辛いんですけど

 

紗倉:あ、ごめん。…和幸は猫舌なんだなあって

 

和幸:そうなんです。猫舌なもんで

 

紗倉:幸則は平気だった

 

和幸:家族で猫舌なのは俺だけだよ

 

紗倉:そうなの?

 

和幸:うん。だからよく親に「幸則は平気なのにね」って嫌味言われてる

 

紗倉:嫌味言われる?何か関係あるの?

 

和幸:料理の味見で火傷するから

 

紗倉:それって、料理人として割と致命的じゃ

 

和幸:味見は基本親や他の人がするからいいんだよ。…まあ今日火傷したけど

 

紗倉:えっ、舌火傷したの!?

 

和幸:したよ、今もヒリヒリしてる

 

紗倉:見せて

 

和幸:見せてって…見たって分かんないでしょ

 

紗倉:分かんないでしょ、もしかしたらすごい爛れてるかも

 

和幸:料理人の舌爛れてたらやだな…。見ても分かんないよ。ほら(べーっと舌を出す)

 

紗倉:確かに、舌の火傷ってよく見ても分からないかも…。そもそもそんなに舌を見つめた事ないけど…もうちょっと近くで

 

 

紗倉が和幸に顔を寄せると、和幸がそのまま紗倉に口づける。紗倉は少し驚いた顔をしている。

 

 

紗倉:…

 

和幸:…。見ても分からなかったでしょ

 

紗倉:そう、だね

 

 

和幸:クラムチャウダー美味しい

 

紗倉:そう、良かった

 

和幸:こういう洋食あんまり食べないから、美味しく感じるのかな

 

紗倉:…そうかも

 

和幸:…冗談。紗倉さんの料理だから美味しいんだよ

 

 

紗倉:和幸さん

 

和幸:うん

 

紗倉:明日お店おやすみでしたよね

 

和幸:…おやすみだね

 

紗倉:じゃあ…その…

 

和幸:…

 

 

紗倉の部屋にて。暗くなった室内で、ベットの上に和幸と紗倉がいる。

 

 

和幸:紗倉さん。痛くない?

 

紗倉:大丈夫…

 

和幸:そんなに女性に慣れている訳じゃないから、辛い思いをさせたらごめん

 

紗倉:…

 

和幸:紗倉さん?

 

紗倉:紗倉って、呼んで

 

和幸:…

 

紗倉:…

 

和幸:…紗倉

 

紗倉:あ…

 

 

紗倉の目から涙が溢れていく。

 

 

和幸:さく…

 

紗倉:ごめんなさい、ごめんなさい…

 

和幸:…

 

紗倉:幸則…

 

和幸:!

 

紗倉:ごめん。分かってるはずなのに。和幸さんは幸則じゃないって、分かってるのに。和幸さんの行動全てが、幸則と正反対で。幸則ならこうなのにって、幸則ならああなのにって、全部見比べて。

 

和幸:…

 

紗倉:私を気遣ってくれてる時も、見た目は幸則なのに、手も、触り方も。全部が幸則じゃないって言ってくる。

 

和幸:…ごめん

 

紗倉:和幸さんが悪いわけじゃない

 

和幸:…幸則じゃなくて、ごめん。

 

紗倉:そんな事

 

和幸:今ここに居るのが俺じゃなくて、幸則だったら良かった

 

紗倉:それは…

 

和幸:俺が、死ねば良かった

 

紗倉:ねえ、ごめんなさい。そんな事言わないで

 

和幸:事実だよ

 

紗倉:…

 

和幸:兄になれなくてごめんなさい

 

紗倉:和幸さん

 

和幸:今日は帰ります。また連絡しますね

 

 

1ヶ月後。カフェにて。テーブル席で紗倉は携帯を見ている。そこに和幸が入店すると、紗倉の元へと歩み寄る。

 

 

和幸:こんにちは、平山さん

 

紗倉:…こんにちは

 

和幸:食べ物…はいらないですね。ホットコーヒーでいいですか?

 

紗倉:…

 

和幸:すいません、アイスコーヒーとホットコーヒー、1つずつで

 

紗倉:…

 

 

少しの間があった後、店員が2人の元に飲み物を届けに来る。

 

 

和幸:あ、ありがとうございます

 

 

和幸:昔から、兄ばっかりでした

 

紗倉:え?

 

和幸:昔から、兄と比べられて。体育の球技大会なんかでクラスメイトから「お前の兄ちゃんなら勝てるのにな」って、言われて

 

和幸:他にも家の跡継ぎの話でも、両親は「幸則に継いでもらって、和幸にその手伝いをして欲しい」って言われて。結局兄は自分のしたい事優先して継ぎませんでしたけど

 

和幸:好きな人からもよく「お兄さんの方が好きだから」って…

 

紗倉:和幸さん…

 

和幸:だから

 

 

和幸:だから慣れてます。

 

和幸:兄に重ねて見られるのも、兄の代わりになるのも、慣れてます。

 

紗倉:…

 

和幸:…ただ

 

和幸:貴女だったら、兄じゃなくて私を見てくれるんじゃないかって思ったんです。好きだったから、きっとそうであって欲しいって、そんな風に考えてしまったんでしょうね。

 

和幸:でも、貴女が見ているのは、いつも兄で、私じゃなかった。好きな貴女の前で兄と重ねられるのは、慣れてるとはいえ、少し堪えるものがあるんです。だから、今日で最後。貴女の事を好きでいるのも、会うのもやめます。

 

 

和幸:…お幸せに、平山さん

 

 

飲み物にほとんど手を付けず会計を済ませて出ていく和幸。少しして、紗倉が和幸を追いかけるように飛び出していく。

 

 

紗倉:和幸さん!

 

 

 

紗倉:貴方が好きです!

 

 

 

和幸:…は?

 

紗倉:あの夜、和幸さんが出て行ってから、連絡が来るまで、ずっと思い浮かべるのは和幸さんでした。

 

紗倉:あの夜あんな事言っておいて何言ってるんだって、信用してもらえるとは思ってません。私の事好きになるのやめてくれてもいいです。でも、私は幸則じゃなくて、和幸さん。貴方の事が好きなんです。

 

紗倉:だからお友達から、始めてくれませんか?

 

 

和幸:…ずるい

 

紗倉:…

 

和幸:…俺、熱いもの苦手ですよ

 

紗倉:知ってる。家族で唯一猫舌なんでしょ?

 

和幸:料理についてうるさいですよ

 

紗倉:勉強する。だからこれからも思った事言って欲しい

 

和幸:…俺は、幸則じゃないですよ

 

紗倉:うん。今目の前にたっているのは田口和幸さんでしょ?

 

 

和幸:和幸って、呼んで

 

紗倉:和幸。ここに居るのは和幸。

 

 

和幸:…お友達から、だよ

 

紗倉:うん。ありがとう

 

和幸:…幸則に恨まれそうだな

 

紗倉:祝われるくらい、幸せにしてみせるから

 

和幸:なんかそれ、男の言うセリフじゃない?

 

紗倉:和幸さんには私の事好きになってもらった後に言ってもらうから

 

和幸:もう好きになる事決定してるみたいな言い方だな

 

紗倉:話してなかったけど、私が幸則に惚れて猛アタックしたんだから

 

和幸:えっ、そうだったの?

 

紗倉:そうだよ。最初はね…。あ、話長くなるから、カフェで話さない?アイスティー2つね

 

和幸:…そうだね。たくさん教えてもらおうかな

 

紗倉:今度は和幸の事も話してもらうからね!

 

和幸:話したい事しか話さないよ

 

紗倉:話したくない事は話さなくてもいいけど。私、結構しつこいんだ

 

2人:(笑いあう)