今夜は、特に冷える

急に寒さが募ってきたようだ

冬が間近いのかもしれない

 

アメブロ広場も

いつもより

人影がすくない

 

広場の真ん中を横切って

例の小路を右に曲がると

「ふきのとう」とかかれた

看板がある

 

この前までは、変わっていなかった

(客に、五文字の方が縁起がいいといわれ、その気になったとか)

 

やれやれと

戸口に手をかけ

暖簾をくぐる

 

(やっぱり、なかはあったかい)

 

店のなかは

意外と客が少ない

彼女も、洗った食器を片付けている

 

(日本シリーズも終わって

 外ではしゃぐ気分でもないか)

 

そんなことはいいとして

「いつもの、トラピスト」と

さっそく、飲み物を注文する

 

このビールを気に入っている

最初はなかったのだが

わがままをいったお蔭で

置いてもらえることになった

 

丸みをおびた

専用グラスとビンを目の前におくと

栓をあけ

ビールを注いでくれた

黒々としたロシュフォールが

グラスに満たされていく

 

その手つきが好きなのだが

まだ、褒めたことはない

 

「あれから、どうしたの?

 ほかの店にでも、いったの・・・」

三日前、ここで飲んでいた。

ただし、座席はずっと隅のほうで

 

客が多かったせいもあるが

いきさつがあっった

彼女の前には、すわりにくかった

 

「あのまま、まっすぐ帰ったよ

 長旅の疲れもあったし・・・」

答えながら、視線を向けると

相変わらず、きれいだ

(とても、ひとりの娘がいるとは思えない)

 

ここは

静かだが

地表は大変な騒ぎだった

 

となりの国では

大統領の友人がスキャンダルの中心となって

大統領自身も逮捕されかねないのだという

 

海を越えたところでも

この国と親しい大国だが

常軌を逸した男が新大統領になりそうな勢いだ

「メキシコの間に、壁をつくれ! 不法移民は、締め出せ!」

「日本と韓国に、核武装させろ!」

 

彼だけではない

世界の何かが、こわれかけている

常軌を逸しているのだ

 

そう、常軌を逸したことが多すぎる

数年前の大地震と原発事故以来

この国でも、何かがおかしい

何かが、変わってきている

 

一見、何でもないように

毎日が続いているが

誰もが、胸の内に何かをかかえている

ピキピキとひび割れる音が聞こえてくる

 

本当のことはいえない

本当は、どうなっているかをいえないのだ

本当のことをいったら、まず人間関係が立ちいかなくなる

それどころか、下手をすると仕事がなくなる

たぶん

生きていけなくなる

 

「また、何か暗いこと考えているんでしょ・・・

 そんなこと、考えているから、恋人にも逃げられるんじゃない」

 

彼女が半分ウィンクをするような目つきで

おいしそうなソーセージの入った皿を運んできた

「イジル」ときは、いつもそうだ

可愛い小動物を見るように

大きな目を、こちらに向けてくる

 

彼女は、さっぱりしている

行動力があって

情熱的!

それに、愛するものには、とてもやさしい

(愛してないものに、どんな態度をとるかを、ぼくは知らない)

まあ、女のひとはそんなものか

 

心配していたように

追い出されることはなかった

それは、よかったように思う

 

だが、何かが少し変わった

たぶん、カウンターを越えて

彼女がこちらに来ることはない

 

でも、それはいいことだ

また、取材に出かけねばならないし

こだわらない彼女にも

本当のことは

話すわけにはいかない

 

目に見えない危険が

背中合わせに迫っている

もう、逃れることはできない

そんなことは、彼女にも話せない

 

店のなかは、あたたかい

(心の中で、「ふーっ」と息を吐く   そんなつもりになる)

 

ロシュフォールの残りに

口をつけながら

ぼくは、心地よさに浸りかけていた

アメブロ広場の一角で

 

(今夜は、ゆっくりと夜が更ける

 長い夜になりそうだ・・・)

 

 

 

幻想に癒され、幻想におぼれ、幻想に甘える自分を予感しながら・・・

アメブロ広場の一角にて

 

               11.3     2016

 

 

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