小尾牛シャオウェイヤンで、担担麺ランチ
+100円でチャーハン付、これにかなり嵌っております。
専門店よりうまいような、てか専門店何軒かいったけど、懲りすぎててまずい
パターンばっかり。料理ろくに知らないでまずくする、まあニューウェーブ系ラーメン店
ほとんどこのパターンだと思います。
ミニチャーハン好きなしっとり系ではないけれで、ぱらぱらでなく卵の香りがいいです。
ご馳走様でした(^^♪
荘園寄進を11世紀初頭までとそれ以降にわけるバカ論もあるけれども、前提は当時の
政府文書を読み公地公民制を信用するもの。話になりません。
神武天皇が高天原から降臨して実在した、なんてのや万世一系を本気で信用している
のと変わらない。
実態は、大和朝廷支配地域全土に関して、物部、蘇我を滅亡させその後壬申の乱
で敵対派を一掃した強固な王権により
直轄領が一時的に膨らんだ
直轄領以外の各貴族、豪族などの領地にも一定の税金がかけられたが、これは軽微な負担
程度であろう。なかったのかもしれない。
新規に開拓された墾田に関してはより税負担が軽微であったと考えれば、公地公民の
実態がみえる。
11世紀あるいは寺社の力が強力になった奈良時代から直轄領あるいは藤原氏の私領などから
寺社仏閣に寄進されたものもあっただろう。これらは他の豪族などの私領より税制的に優遇され
ていたと思われる。
凋落した豪族に対し、より重い税負担を求められることもあり、逃れるため藤原氏や比叡山
興福寺などに自らの領地を寄進、税負担を軽くした、不輸不入の権の実態はこんなところだろう。
11世紀に入り、天皇以下皇族貴族が徐々に軍事力直接掌握を放棄、各荘園の軍事的独立性も
強まったのではないか。これが武士の発祥と思う。
藤原氏の荘園規模が朝廷を凌駕するようになったのは、摂政として幼少の天皇権限
を行使(摂政は事実上天皇権限保持者、さらに原則満場一致で決められる太政官評議でトップの太政大臣
以下一族が多数であればね)、徐々に自領を増やしていくためである。
が、上りをとるだけで徐々にその荘園支配も形骸化してゆく。
WV!!





