またまた亀戸へ、うまいしコロナばっちりだし、夜営業再開めちゃうれしいです。
今日は
小ラーメン 野菜ニンニク 麺柔らか目
ブタとくに向かって右が素晴らしい!!
ニンニクカレースプーン二杯くらい、まだ口が臭い、笑
美味しかった(^^♪
今日はラーメン待ってる時にマスクはずした大馬鹿が注意されてた。
二人できても並び席にしないので、おしゃべりもないしほんと安心安全(^^♪
コロナは急増中で、医療崩壊実際はリーチだけどね(^^♪
時代劇なんかでよくでてくる悪代官、これねまずいなかったと考えるべきです。
代官は天領(幕府領)の統治官僚 旗本八万騎(誇張で実際は5000~10000程度かな?)
はほぼ江戸に常駐、天領の軍事力は大名領に比べると手薄でした。
武士の数が少ないので農民一揆に天領は弱く、代官は農民に優しく当たる温厚な人物が任命されていたのです。
当時の農民に対する税金の決め方は、
耕作する田畑の面積・・・いわゆる検地で決められます。教科書には秀吉の太閤検地しか書いて
ないけど、古代からやっていたでしょう。
その田畑の単位当たり収穫能力
この二つで予想収穫高を算出、これの半分を税金とする、
これを決める過程で
検地で面積を過少に記録する
などが、特に天領で行われていたのです。その他大名領でも手心が加えられていたようです。
その為に明治になり不動産登記制度が整備され、田畑とくに田を測量しなおすと大幅に縄伸び
(土地の面積が登記より増加すること)したり頻繁にあるのです・・・尚、不動産登記法で全国に
地図をつくり各法務局に備置となっており、この地図を公図といいますが、実測されたものより
古代からの検地図を公図化したものがまだかなり残っています。
五公五民は建て前、実際の税率はせいぜい40%程度、これで一揆や逃散を抑制していたのです。
古代律令制の租庸調などの税金も同様に、地域により労役や布なども軽くされたり、米で代替され
たりしていたはずです。
文献だけでは中々歴史は読み解けないようですね。今日の結論は
姉ちゃんも実際むいてあれとあれいれないとかんどいいかどうかわからないのと一緒です。
V!!








