8月18日の日曜日、宮城県山元町にある「震災遺構中浜小学校」に行って来ました。




海岸から約400メートル程のところにある小学校。

発災直後に、生徒と教員、近隣住民をあわせて90名が避難。

中浜小学校に10メートルの津波が襲った。

大きな被害があったのは一階部分。

二階の元音楽室だったところで、当時の校長先生と教員の映像を見て、案内してくれるガイド?と一緒ではないと行けない屋上へ。

屋根裏倉庫があり、この急な階段で屋上へ。
この階段は、職員しか知らない階段だった。

ちょっと変わった屋上。外から見ると三角屋根に見えますが、回りを囲むように屋根裏倉庫がある。
画像にネットがありますが、ここまで10メートルの津波が来た。
一階と二階の高さが8メートル、小学校を建てるときに2メートルかさ上げしたので10メートルの津波をなんとか耐えた。

発災直後の津波の高さは4〜5メートルの予想。
しかし、到達予想は約10分。
生徒を避難所としていた中浜中学校まで徒歩で20分。
これでは間に合わないと判断した校長は、二階に避難する指示を出すが、津波の予想の高さが10メートルと変わり、生徒と近隣住民を屋上へ誘導。
幸いなことに、浸水することはなかった。
しかし、当日の夜は冷え込み倉庫内にあった段ボールを床に敷き、体育館にあった毛布を見つけ朝まで耐え、捜索に来た自衛隊のヘリコプターに手を振り発見され救助された。
体育館にあった毛布は、アルミシートで真空パックされていたため濡れていなかった。
更に、校庭には瓦礫も水溜りもなく、直接ヘリコプターが着陸して全員が救助された。
津波が到達したのは約1時間後だった。

遠くに海が見えるが、当日は防災林の松があり海は見えなかった。
画像の左側には住宅地があり、そこから通っていた生徒もいた。
生徒達は、津波を見ることなく、流された住宅地や見てはいけない〇体を見ることなくヘリコプターで救助された。

外に出て見ると、ひしゃげた鉄棒。

一階部分に絡みついた鉄骨。

かさ上げされた部分。
この2メートルが生徒達を救った。

住宅地があった場所。
現在は家を建てることは出来ず、畑になっている。

屋根裏倉庫。
倉庫内の撮影は禁止だったので、案内板の画像。

廃校がきまり、当時の生徒達が作った横断幕

今回はここまで。