11年前の3月11日は、忘れることの出来ない未曾有の大災害となった「東日本大震災」が起きた。
もう11年なのか、まだ11年なのか人それぞれだと思います。
昨年も同じようにブログを投稿しましたが、私の家の近くには東北自動車道がありますが、3月11の夜は不気味な程静かで、車の走行する音はしませんでした。

しかし、翌日の朝は東北自動車道を走行する車の音がいつもと違い騒がしく、見に行ったら東北へ向かう消防車や自衛隊の車輌が、列を作り次々と走って行くのを今でもはっきりと覚えています。

震災後に、ガソリンの供給が安定した頃に、125ccのバイクで釣りに行っていた茨城県の日立港や、福島県に行き自分の目で見た光景に衝撃を受けました。

日立港の当時の様子。
たしか、4月の半ば位だったと思います。釣り具店のおばちゃんが、たまたま店の外にいた時に地震があり、
「津波が来るかも...そうだっ、店の売り上げっ」
と思い取りに行こうとしたら、店のシャッターが地震で下りてしまい、あきらめて避難したそうです。

福島県の豊間というところ。
店のシャッターにメッセージ。
現在は、メッセージは消されています。

5月に行った時に撮影。
塩屋崎灯台の近く?だったと思います。

9月頃に、南相馬市で撮影。
家の基礎だけが残っていました。

幸いな事に、私の地元では大きな被害はありませんでした。
ただ地震後、那須連山のひとつの茶臼岳の噴煙が小さくなりました。

今年も行きます福島県に。
三春町の滝桜。

地震で娘さんをなくした方が、菜の花畑を解放して沢山の人に見てもらいたいと、

ボランティアの方達の協力で毎年、菜の花を見ることが出来ます。
南相馬市だったかな?

今年も行きます。

今年もいるのかな?
ボランティアをしていた彼。
撮影をお願いしたら快く承諾してくれた彼はどうしているのか?
また逢えるだろうか?
心優しい戦闘員。
