前回のブログを読んでくれた方、「いいね」してくれた方、リブログしてくれた方、ありがとうございます。

実は、前回のブログの「いいね」やリブログしてくれなかったら、ブログを辞めるか一時的にブログの更新をしないつもりでした。

ブログを投稿後に、「パワースポット」とか「開運」とか「金運UP」のブログが、私のブログを隠したり潰しにかかるように投稿されて、
「また今回も伝えたい事、知って欲しい事は隠れちゃうのか...」
と思っていました。

しかし、予想以上のアクセス数と「いいね」とリブログがあり(私のブログでは過去最多)続ける事にしました。
まぁ、たしかにパワースポットとか御利益とか金運UPとかの記事のほうが、興味を引くしお得感がありますからね。

はじめて私のブログを読んだ方は、なんの事かはわからないですね。
過去の御岩神社と御岩山のブログを読んでいただければ幸いです。

ブログは細々と続けていきます。

さて、金曜日のことですが会社の都合で急遽休みになり、また行ってきました。

国営ひたち海浜公園に...

今回は、コキアの撮影が目的ではなく、海浜公園の歴史を知る為に行ってきました。

国営ひたち海浜公園は、茨城県ひたちなか市にある日本の国営公園である。

この地域は1938年(昭和13年)に水戸陸軍飛行学校、大日本帝国陸軍水戸飛行場(前渡飛行場)が建設され、第二世界大戦後の1946年(昭和21年)6月には、アメリカ軍水戸射爆撃場として利用された。その広大な跡地は、1973年(昭和48年)3月15日に日本国政府に返還され「首都圏整備計画」の一環として整備されたものである。

1979年(昭和54年)に事業着手、1981年(昭和59年)に造成工事が開始され、1991年(平成3年)に約70haが開業した。その後、何度も拡張を繰り返し、今に至る。

公園の総面積は350haに及んでいる。この面積は東京ディズニーランドの7倍抵当の面積あたるが、実際に公園として利用されたいるのは南側の191.9ha(開業中の面積)で、全体の55%に留まっている。(2012年5月現在)

なお、かつて東京ディズニーランド建設候補地にあがっていたが、舞浜が建設地として決定したため撤回された。
(Wikipediaより)


記念の森レストハウスに「歴史ギャラリー」があり、展示物などがあります。

レストハウスのある記念の森の入り口に、黄色の花「ツワブキ」が沢山。

早速、歴史ギャラリーへ。

レストハウスの店員さんに聞いたところ、撮影とブログに載せるのもO.K.ということでした。

公園のあった場所は、室町時代に砂丘を利用した製塩が行われていた。

室町時代だと、茨城県を治めていた「佐竹氏」が浮かびます。
佐竹氏は、製塩と金を製錬する技術を持っていたので、かなりの財力があったそうです。

旧日本軍が水戸飛行場として利用された。

戦後はアメリカ軍が、射爆撃場として利用。
射爆撃場内にあった地主の田畑は、訓練中は入ることは出来ず訓練のない土日は入ることが許された。

訓練中は、窓ガラスが割れる程の轟音。

実際に訓練で投下された爆弾やロケット弾。

250kg爆弾の訓練用。着弾すると煙が出る仕組み。

長細いものがロケット弾の訓練用。短いものが25kg爆弾の訓練用で着弾しても爆発せず煙が上がる。
かなりの重さがあったため、地中に深くめり込んだ。

スキップ弾というもので、地面でバウンドして標的に当てたんだとか...。
こちらも爆発はしない。

誤爆の恐怖や事故があり、近隣住民の返還運動を起こした。

超低空飛行事故の発生件数が「1」とあります。

自転車に乗った親子が、超低空飛行で飛んできた戦闘機の前輪に接触し、母親は死亡し子どもは重症。

返還運動により、日本に返還され「平和利用してもらいたい。」ということで、今の公園ができた。

かなりの不発弾があったそうです。

公園内に当時の射爆撃場の名残の建物があると、園内のイベントのパンフレットだったか何かで読んだような気がするんですが...。

詳しい方コメントください。

さて、せっかくなので「みはらしの丘」へ。

今年のコキアは終了。

既に来年の準備をしているようです。
次はネモフィラですね。

みはらしの丘近くのみはらしの里へ。

古民家。

地方にはまだこんな家がありますね。

私のお隣さんの家がこんな感じだった。

リフォームしてちょっと近代的になりましたけどね。

こんちわ~。おばちゃんいんのげ~?

回覧もってきたんだ~。

お茶飲んでげって?

んじゃ、ち~っと飲んでいぐべ。

って、感じですね。(栃木県北部の訛り)

明日はまた御岩神社かな?