前回の続き。

茨城県常陸太田市の佐竹氏の所縁のある、お寺を巡り今度は佐竹氏と関係があると思われる神社、薩都神社にも行って来ました。

薩都神社の薩都は、「さと」でも「さっと」でも「さつと」でも間違いではないそうです。

薩都神社も常陸太田市にあります。

木造の鳥居と手水舎。

薩都神社拝殿。

拝殿の前に狛犬と灯籠。

この神社の御祭神は

「立速日男命(たちはやひをのみこと)」

立速日男命は、私がよく行く御岩神社の御岩山の山頂の石の柱にも祀られています。

こちらが立速日男命が祀られている石の柱。

この立速日男命は、松沢(現在の常陸太田市)の枝が八つに分かれた松の木に舞い降りたそうです。
その松の木に向かい大小便をしようものなら、たちまち病になり死んでしまう程の災いがあったそうです。
困り果てた農民達は朝廷に、なんとかしてくれと訴えました。
片岡大連(かたおかのおおむらじ)という人物が派遣され、立速日男命の松の木で

「ここは、近くに農民が住み大変不浄なところです。どうか、空気が綺麗で高いところにお移りください。」

と、祈り立速日男命は願いを聞き入れ現在の御岩山の石の柱に舞い降りたそうです。

その時に、石の柱が光り輝いたということが、「常陸國風土記」という古い書物にあるそうです。

しかし、今度は松沢の人達が御岩山に行くことが困難だということで、現在の常陸太田市に薩都神社が建てられたんだとか。

こちらは、御岩神社の薩都神社。御岩山の裏参道から入山すると近いですね。

常陸太田市の薩都神社の再建に関係あるのが、どうやら佐竹の人達のようです。



私は歴史に詳しくないので、あくまで参考程度にしてください。

質問されても答えられません。

御岩神社も佐竹の人達と関係があるそうですが、私は詳しくはわかりません。

御岩山の裏参道から入山すると、薩都神社の近くに「佐竹墓所」があるので関係があるようです。

佐竹墓所。

何か詳しいことがわかれば書きたいと思います。