夜勤明けでしたが、茨城県笠間市にある「筑波海軍航空隊記念館」に行って来ました。

夜勤明けでしたが、暑さで昼頃までしか眠れず眠れないならと行って来ました。

筑波海軍航空隊は1934年(昭和9年)に、戦闘機の操縦訓練を行う海軍の練習飛行隊として開隊。
大戦末期には、特別攻撃隊も編制され「特攻」の練習も行われた。

映画「永遠の0」のロケや、その他戦時中のドラマや映画のロケに使われています。

今回、撮影が行われていて指令部庁舎は見学できませんでした。

こちらの建物は新館の筑波海軍航空隊記念館。

指令部庁舎が撮影のため見学できないということでクリアファイルと、

次回の無料チケットをいただきました。

こちらは本物の零戦の機体後部。垂直尾翼に「JAP ZERO!」とあったんですが消えてしまったようです。

当時、筑波航空隊で教官をしていた方のインタビューの映像があり、
「戦争はやっちゃいけませんなぁ...。」
「負けたほうも...勝ったほうも...得することはない...。」
という言葉が印象に残っています。

元特攻隊員のインタビューもあり、
「生きるか死ぬかの選択肢がないわけですから、特攻隊員になったからには覚悟は決めていました。」
と...。

日本海軍の航空母艦の乗組員が書いたイラストや、

新聞が展示されていました。


一階から二階へ移動。

海軍の制服が展示されています。(レプリカかな?)
海軍の制服、正直カッコいいです。
欲しいな...。

前回に訪れた時にもあった、特攻隊員の遺影と結婚式を挙げる花嫁の姿。

アメリカ軍が投下した焼夷弾の一部。

戦闘機の風防ガラスで作られたペンダントと戦闘機。

女学生と戦地の隊員との手紙のやり取りをして、女学生に送られてきたもの。
この二人は一度も会ったことはなく、会うこともなかった。


第721海軍航空隊(721空)「桜華隊」「神雷部隊」
が搭乗した1200kg爆弾を搭載した「桜華」出撃したら帰って来ることはない。
その他にも零戦に500kg爆弾を搭載して出撃した。(他の部隊は250kg爆弾を搭載した)

特攻隊員を送った教官の言葉。

365日、
僕の鉛筆で殺してしまった
部下たちにお詫びする。
死んだ彼らの事を思い出すと
いつでも涙が出る。
涙を流している間は、
彼らは僕の胸の中で、
昔のままに
いきいきと生きている。
僕は彼らに話しかけたり、
侘びたりする。
それが僕の慰霊祭だ。

この教官は、出撃を志願したがかなわず隊員たちを送る立場となった。

記念館を出たら、指令部庁舎で撮影が行われていて私は離れた場所で撮影しました。
ドラマかな?
映画かな?